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第4話「帰路」

ライブ演奏ならではの、張り詰めた空気。一瞬の呼吸や表情、それらを共有する空間と時間。同じ体験は二度とできない。それは演奏者も観客も同じだ。
観客は常連の老人か、若い人が多い。若い人は、いかにも本人が楽器を演奏する人か、ちゃんと正装させた小さな子どもを連れている人だ。
ブルーローズを出て、アークヒルズを抜けて、地下鉄の駅へと向かう。そこまで混んではいない。カフェ・バーに寄ってもよかったが、どこも賑やかそうで、その幸せそうな人たちの笑顔を眺めながら、ぶらぶらと歩いていた。

初めての「ベートーヴェン・サイクル」。やはり「ラズモフスキー1番」は圧巻だった。もちろん、第1楽章最初の旋律は、チェロ弾きにはたまらない。そしてフィナーレの演奏が終わる瞬間の、あの弦を高く上げるポーズの美しさ。これを言葉で表すのは難しい。
僕はチェロを弾き始めて、まだ5〜6年だったと思う。週一、仕事終わりに弾く程度では、美しい音を出そうとするだけで精一杯だった。それでもその時間はとても心が落ち着いて、少しずつでも弾けるようになる喜びを、噛みしめていた。自分のペースで基礎を身につけたものの、ゆくゆくはアンサンブルがやりたかった。子どもの頃ピアノのレッスンで、ベートーヴェンの変奏曲を弾くのが辛かった、あの孤独感を忘れはしない。曲を理解することの楽しさを知っていれば、ピアニストか指揮者の道を歩んでいたかもしれない。
チェロを弾きながらも具体的な目標はなく、ただ時間だけが過ぎていく。

長女が昨日、長期留学へと旅立った。彼女と共に、父親として15歳、自分は成長できただろうか。
ピアノを一緒に弾いた。バレエを一緒に踊った。自分の好きなことしか、その喜びを共有できない。彼女もまたそれを喜び、それに苦しみ、家を飛び出した。それがまさか海外とは驚き、心配したが、親を超える近道だと彼女が思ったのは、きっとその通りなのだと、僕も思えるようになった。
成田で見送った彼女は、半年前に泣きながら相談してきた彼女とは、見違える頼もしさだった。15歳で、自分が見たことのない世界へと、たった独りで旅立つ勇気を、僕自身が見習いたい。すでに彼女は親を軽々と飛び超えていた。

地下鉄に乗りながら、窓の外の暗闇を、窓に映る自分を、ぼんやりと眺めている自分がいる。チェロをもっと弾けるようになりたい、アンサンブルの楽しさを追い求めたい。吊り革を握る手に、少し力がこもった。

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