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『灯台からの響き』

久々の宮本輝は、『田園発港行き自転車』(2018年集英社文庫)以来だ。会心の長編だと思う。76歳とは思えない、丁寧で優しい筆致も健在だった。

突然妻に先立たれて生きる気力を失っていた62歳の主人公が、愛蔵書に挟んである妻宛ての葉書を見つけたところから物語が始まる。灯台を巡る旅に出て、自分の人生を見つめ直す。妻、家族や友人との関係に光を灯し、自分を再生させる。板橋の商店街に佇む愚直なラーメン屋から、一歩外に出ることで、見えなかった世界が一気に広がる。その背中を、亡き妻がそっと押すのだ。家族や友人との照れ隠しに潜む、なんと慈愛に満ちた人間模様か。

地方紙の新聞連載だったそうだ。寿命が縮むと言うが、細かいことまで決めずに書き始めるのがいいのだとも。いつもは苦しいが、今回は楽しかったというのも、なんとなく伝わってくる。実際に灯台を見ることで、あの夏のセーラー服が生まれたとか。本当に情景が目に浮かぶような、出雲の日御碕灯台のシーンは圧巻だった。

ひとりの人間が生きていくのに、どれだけの人が関わるだろう。その裏には愛情があり、その奥には汗や涙もある。偶然の連続でもある。それを知ることで、生きることの尊さを、人生の味わい深さを思い知る。
またそんな人間の再生に、読書が希望を与える存在だ。島崎藤村の『夜明け前』、森鷗外の『澁江抽斎』。どちらもまた読んでみたい。

3年ほど前、いわき市に家族で出かけた。目当ては「アクアマリンふくしま」だが、近くのいわき震災伝承みらい館と、塩屋崎灯台を訪れた。強風で近づくのはやめたが、あの自然と厳粛に向き合う姿、白亜の美しい姿は、目に焼きついている。

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