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【3/23】想像上の出発

3月23日23時ちょうど、ターキッシュエアライン53便、成田空港発イスタンブール行きーーそう、それは、私が本来乗るはずの飛行機であった。しかし今日の私は、この飛行機に乗らないし、そもそも今、成田空港にもおらず自宅にいる。先日書いたとおりだが、結局この便は欠航となり、飛行機自体が飛ばないことになってしまった。

先日やっと航空会社と連絡がとれ(私の鬼電がつながったのではなく向こうからかかってきた)、キャンセルして払い戻しにするか、1年以内の別の便に変更するか選べとのこと。なおキャンセルにする際にはなぜか50ユーロのキャンセル料をとられるとのことで、ちょっと迷ったけれど、迷った末にやっぱりキャンセルすることに。1年以内に行けるものなら全然行きたいが、よく考えたら、この騒動が1年以内に終息する保証はどこにもないのだった。つーかなんでキャンセル料とるんだよ〜と一瞬キレそうになるも、旅好きとしては、現在航空会社が立たされている苦境を思うと同情しないわけがない。まあ、航空会社への寄附だと思えばいいことにした。

足はむくむし乾燥するし、場合によっては乗り物酔いもするし、飛行機が好きじゃない人もきっとたくさんいるだろう。しかし私はやっぱり、基本的には、ここではないどこか遠い場所へ連れていってくれるものとしての飛行機と、空港が好きなのだった。だから、そこで働いている人たちへの敬意と感謝を込めて、50ユーロの寄附。いや、私の中でだけど。

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コロナウイルスの災厄に見舞われていないパラレルワールドのどこかの私は、きっと今頃、成田空港でラーメンでも啜っているかな。しばらく日本食とお別れになるからってことで、旅へ出発する前の私はだいたいいつも、成田空港でラーメンを食べている。町中で食べたらたぶんそんなに美味しくもないだろうラーメンも、成田空港で食べるとけっこう滲みるのだ。なぜかって? バファリンの半分が優しさでできているように、成田空港のラーメンの半分はわくわくでできているからさ。ちなみに上の写真は、まさに去年、アルゼンチンへ旅立つ前に成田空港で食べたラーメンである。

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そういうわけで、今日この時間になっても、私は日本にいる。というか、今となってはもう、ほぼ日本から出られない状況になっちゃったけど。23日現在、日本からの入国・入域制限をしている国は158か国くらいあるそうだ。自粛自粛と内向きになりすぎるのも経済が縮小するし良くないと思いつつも、諸外国の都市が次々にロックダウンしている様子を見ると、日本はこんなに呑気で大丈夫なのかという気もしてくる。が、告白すると、私も2月末頃には「全国一斉休校だなんて大げさだなあ」と思っていたし、自分の中で意見がコロコロ変わっていることに気付く。でもたぶん、そんな人は私だけじゃないはずで、誰も彼もがまったく先を読めていない。おそらくこの状況を、悲観視も楽観視もしないほうがいいのだろう。

しかし、医者でも政治家でもない一般市民にできることは限られている。なので、私はここで、みんなご存知アンデルセンの童話「マッチ売りの少女」を思い出してみることにしたい。大晦日の夜、寒さと貧困に喘ぐ少女がマッチに火をつけると、暖かいストーブや七面鳥の丸焼きが、彼女の前に幻影となって現れたというではないか。同様に、無印良品のキャンドルとかにライターで火を灯せば、私が旅するはずだったバルト三国やポーランドやチェコの景色が、おぼろげながら浮かび上がってくる……かも、しれない。

マッチ売りの少女のつもりで、3月23日23時ちょうど、せめて、脳内で想像上の出発をしよう。ターキッシュエアライン53便、成田空港発イスタンブール行き。13時間弱の飛行時間を経てトルコに到着したあと、私は飛行機を乗り継ぎ、現地時間24日午前、エストニアの首都タリンに降り立っているはずである。

タリン、気温は5℃。日本でつい最近別れを告げたはずの寒さの中を、私は歩き出す。想像の中で……。

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