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909とマーケティング戦略の失敗

TR-909は、日本企業Rolandにより1983年に開発され、そのユニークなサウンドと機能でテクノとハウス音楽の発展に不可欠な役割を果たしましたが、その歴史から、私たち日本人は深い教訓を得ることができると考えます。

初期の挑戦

このドラムマシンは、前モデルであるTR-808の後継機として、さらに進化した機能とサウンドを提供しました。特に、MIDI規格への対応やシャッフル/フラムクォンタイズ機能の追加など、当時としては革新的な技術が盛り込まれていました。しかし、発売当初はその独特のサウンドが受け入れられず、市場での成功には至りませんでした。

予期せぬ再評価

TR-909の運命は、1980年代後半から1990年代にかけて、デトロイトの黒人コミュニティによって変わりました。彼らは、この機器の持つ個性的な音と機能を見出し、二束三文で売られていたこのマシーンを利用し、新たな音楽ジャンルの創造に活用しました。特にテクノやハウス音楽の制作において、TR-909はその強烈なリズムとキャラクターで中心的な役割を果たすこととなります。その後、販売停止されていたTR-909の市場価格は高騰、現在でも約50万円以上の高値で取引されています。その後、Rolandは世界的な音楽機器メーカーに成長しますが、現在ではイノベーティブな楽器制作は少なく、過去のヴィンテージの復刻版を売るという事が主流になっているようです。


イノベーションとマーケティングのギャップ

TR-909の物語から学ぶべき最大の教訓は、製品の革新性だけでは不十分であり、市場への適切な導入戦略が不可欠であるということです。Rolandは技術的に進んだ製品を開発する能力を持っていましたが、当初はその市場でのポジショニングを誤りました。TR-909の成功は、偶発的に他の文化に受け入れられた結果であり、この事例は日本企業がいかにして革新的な製品を市場に適応させるかを"失敗した"という点において重要な示唆を与えていると考えます。

TR-909は日本人のモノづくりの特色が良く現れた物であると考えます。良いものでありかつ物としての完成度が高くinovativeです。しかし、それは、現在、アプリケーション開発などで主流となっている、簡単で不完全なプロトタイプを市場にとりあえず出し、柔軟にフィードバックループを回すというリーン・スタートアップの思想とは異なるものです。

このように、TR-909の歴史は、技術革新が市場のニーズとどのように結びつくか、またその過程でどのような戦略が必要とされるかを考える上で、貴重なケーススタディと言えるでしょう。日本の企業がグローバルな市場で競争するためには、単に技術を進化させるだけでなく、その技術がどのように受け入れられ、消費されるかを深く理解し、"とりあえず完全性を目指すのではなく、不完全性のプロトタイプをいかに変化させるか"というスタンスに発想を転換していく必要があると考えます。

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