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乳白色に揺れる

一人声劇 朗読劇 性別不問 6分

校舎裏に学生がひとり座っている。
主人公は学生に話しかける。

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やぁ、唐突だけど僕はお風呂が好きだ。


昔から入浴は心の洗濯だなんて言うだろう?
毎晩、肩までしっかり浸かって疲れを癒す。そしてまた明日しっかり働く。

日本の古き良き伝統だ。文化だ。
風呂のおかげで日本は発展して来たって僕は信じている。
ま、カッコつけて言ってみたけど、風呂が嫌いな人もいるからカッコ付けるのはここまでにしようか。



僕はねぇ。長風呂が好きなんだ。
文化だとか伝統とか、実は結構どうでもいい。
僕は風呂に浸かりたいだけ。出来たら長風呂がしたい。

家族さえカンカンに怒らなければ、半日くらい浸かっていられると思う。

肩までお風呂に浸かると、ほうっと息が出る。
その後は頭まで浸かる。天井を見ながらね。


湯気で乳白色に揺れる天井を見ていると、なんだか日常の忙しなさが何処かに行ってしまったように思えるんだ。

今日あった嫌な事、今後に対応しなくちゃいけない事、嬉しかった事、色んな事が乳白色の世界に浮かんでは消えていく。

そうやって、アレコレ考えては白黒つけるのが僕は好きなんだ。


うん?


そうだよ。白黒つけるんだ。

もう気にしなくていい事。解決しなくちゃいけない事。
悪い事。良い事。
僕にできる事。できない事。
したい事。したくない事。


今日起きたことを、そうやって白黒つけるんだ。
乳白色の湯煙を見ながらね。


この世のことは大体白黒付けられるって、僕は知ってる。
そして白黒つけて頭の中をスッキリさせておく。
それが新しいことに挑戦するときに、僕の力になってくれるからさ。

でもここ数カ月、どんなに長く風呂に入っても乳白色のまま、白黒つけられないことがある。
そのせいか、寝ても寝ても寝た気分になれなくて困ってるんだ。

ま、僕の叔母さんのことなんだけど。



……うん。僕の叔母さんのことなんだ。聞いてくれる?

正直、叔母さんは初恋の人だった。
お洒落で良い匂いがして、労働とは無縁な雰囲気だった。お酒が好きで明るくて新しいものが好きで。
小学生の頃は、叔母さんと比べてなんで両親は地味なんだろうかと思ったよ。


叔母さんは見栄っ張りで金遣いが荒い人なんだって、気が付いたのは中学生になってからだった。
やれ立派な絵画だの、食べ物だのと、だれが使うでも食べるものでもない物を買ってきては家に置いて行った。
うん。僕の家に置いていくんだ。自分の家にはたくさんあるからって。


それで助かったことももちろんある。お客さんに褒められたことだって。
でも、いつもなんだかお金に困ってた。
いつも追われるように生きてて、
「なんで誰も助けてくれないの」って嘆いてた。

僕たちをいつも責めるように喋った。そんな叔母さんを見て、僕はもっと肩の力を抜いて生きたらいいのにって思ってた。

そんな叔母さんだったんだけど、今年の春に亡くなったんだ。


……お医者さんからは肝硬変だって。お酒の飲みすぎだって。
僕も家族も、叔母さんがやりたいようにやらせてた。言っても聞かないからって。

母さんだけは叔母さんに
「もう少しお酒を控えたら?」とか言ってた。
でもそのたびに叔母さんは、
「どうして分かってくれないの。」って泣いた。

僕はどうしたらいいのか分からなくて、見えないふりしていたんだ。
自分が何をしたらいいのか明確なことだけ見ていたかったから。



僕たち高校にあがって初めて話したよね。中学の時は全然かかわりもなかったし。
僕にとって……君も乳白色だった。よく分からない人だ。今もそう。

年を重ねるごとに、大人に近づくたびに、そうゆう人が増えた。
……君はどう?


僕は大抵のことは白黒つけられるって信じてる。そのために頭を悩ませるのも好きなんだ。
白黒つけるのが難しいことほど、考えるのが楽しい。


でもね。
最近は、叔母さんのことは乳白色のままでもいいんじゃないかって思う。

だって、叔母さんは湯舟の上を揺蕩う湯煙のような人だったから。
白でもない黒でもない、乳白色の人だったから。



ねぇ、だからさ。僕と友達になろうよ。
校舎裏で、一人でお昼ごはん食べるの寂しくない?

君さえよかったら、僕と一緒に食べようよ。
乳白色の君と仲良くなりたいんだ。


君を……知りたいんだ。

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