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時には星の下に眠ると、ヤブカにエラい目にあわされる話

まぁ、誰しも1度は片岡義男にかぶれる時期があるものなのよ、私の年代なら。
ツーリングクラブに所属してはいたが、実のところ不定休なので予定を合わせるのは容易ではなかった。よってソロツーリングの経験値ばかりが上がっていった。
春先はシフトの終わりが近付くと、ウズウズとしてくる。職場の同僚にも、一人暮らしをしていたから家族にも何も言わず、夜勤明けの薄明の中を出発するのが常だった。
一人旅に出る支度は、常にパッキングされている。ソロキャンプに最低限の荷物に過ぎないが、旅先で足りない物は購入すれば良い、といつスタイル。
二輪で荷物を増やすのは危険度が増す。身一つが理想だが、時にはそれこそ星の下に寝ることも有り得る。どうせ行先も決めずに走り出すのだ。
寝袋やソロ用テントの軍幕、ランタン、簡単な炊事用のシングルバーナー、コッヘル、水筒。着替えは下着のみ。最長でも一泊程度の予定なので、それほど多くを必要としない。
とはいえたった1度で後悔したのは虫除け。これだけは十重二十重、念入に用意する事になったのは、初の野宿で藪蚊の群れに襲われたからだ。痒いだけではなく夜通し寝付けもしないのだから冗談では済まされない。夜中にコンビニを探して周り、ようやく蚊遣と虫除けスプレーを購入した時は安堵で泣きそうにさえなった。
山中だとヤブカだけでなく、アブやブヨ、ヒルも出る。蚊遣で結界を張り、全身にスプレーしても安心は出来ない。寝袋から顔を出し、星空の観察を、なんて風流なことしていたら顔面の大きさが変わることになるだろう。田舎の夜は怖いのだ。まだ幽霊のほうがマシだ。
上述したように私のツーリングというのは出掛ける事が目的であり、目的地というのが存在しない。海へ向かうも山へ向かうもその時の気分次第。敢えて傾向を考えるなら、海寄りは潮風がベタつき不快指数が高めなので、山に向かう事の方が多かった。ただし峠族などといった走り屋ではないので、ノンビリとダラダラ走るだけだ。どれだけ絞っても宿泊する旅は荷物が増える。峠を攻めるなど自殺行為でしかない。
目的地が無いのなら何故わざわざ出掛けるのか、というとこれはもう独りになりたいから、ということに尽きる。
職場では無言で貫くことなど出来ない。時に馴染みのない相手でも仕事上突っ込んだ内容で会話しなければならないこともある。
会話というのはストレスだ。正論だから通るものではない。それなりの根回しも気遣いもあって、初めて通ずる場合のほうが多いのだ。判っていても、時にバカバカしい。
仕事だから話しているに過ぎない。それをまた誤解されて休憩時間中にまで話し掛けられたりする。なんでそこまでサービスしなきゃならないんだよ、と苛つきながら、興味のないあれやこれやに話を合わせていたりする。知らんよ芸能人の結婚も、よく玉の出るパチンコ店も、持ち帰りできるタイ人パブの店も。
シフトの終わりが近付くと、もはや噴火寸前だ。
どこかでガス抜きが必要だ、となる。人のいないところ、人のいないところへと流れていき、ヤブカ相手に奮闘する方がマシだ、などと平常心を喪うのだ。人より害虫に心を寄せてどうする。
見上げる星空の中に天の川が実在するのに気付いたのは、長野県のとある山中だった。横たえた体を支える惑星も、天の星も全てが同じ場所にはいない。螺旋状の動きに螺旋状の動きをかけ合わせて、自分の精神が果てしなく高速移動していく。
地球の周囲を月が巡り、地球は太陽の周囲を巡り、太陽系は銀河の腕の中で周り、とぐいくい巨視化していくスケールに対して、己がちっぽけで心が狭くて何が悪い。もともとちっぽけなんだよ、人間なんて、と宇宙スケールで居直るのである。
何度こうした旅を繰り返しても、私の小さな器は変わらなかったし、根本的なところで人間嫌いは肯定したままだ。
世界は広いんだ。私一人がけちくさくたって、構うもんか。
普通は広く大きな心を持つのかな?
知りませんよ、他人なんて。





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