『ピータールーの虐殺』(2018)  玄人ウケする作品

後にウォータールー(ワーテルローの英語読み)の戦いから「ピータールー」と名付けられることになる、1819年にイギリス・マンチェスターのセント・ピーターズ・フィールドで起きた実際の事件を描いた歴史映画。

ナポレオン戦争終結後の不況と高失業率、地主貴族層のために穀物価格の高値維持を目的に1815年に施行された穀物法、1816年の世界的な冷夏による農作物の壊滅的な被害でイギリスの庶民は苦しめられていた時代であった。一方、日本はというと第11代将軍徳川家斉の時代。日本も冷夏だったうえに暴風雨や洪水が頻発したと記録されており、全国的に凶作、不作だったが、大規模な飢饉は発生しなかったといわれている。

ウォータールーの戦いを経験している帰還兵ジョセフは、ジョン・リーズという実在した人物がモデルになっていると思われる。リーズが陸軍に入隊したのは1812年の14歳という記録があり、1815年ウォータールーの戦いのときには17歳だったろう。

義勇騎兵団という組織は、緊急時に招集される予備軍なのだが、かつて日本にも存在した在郷軍人会のような退役軍人で構成される正規予備役ではなく、自作農民階級等の志願者からなる民警団のようなものであったらしい。イギリスでは、コモン・ローで「全ての市民は、治安維持の任務に従事する基本的責任を有する」として、市民がミリシア(民兵)を組織することが認められていたのだが、こういうアングロ・サクソン的な思想は日本人には分かりにくい。また、イギリス正規軍は植民地など海外に派遣されるため、本土の警備を補うと意味もあったのだろう、義勇騎兵団は陸軍省(事件当時は陸軍・植民地省)ではなく内務省管轄下であったようだ。マンチェスター・アンド・サルフォード義勇騎兵団は地元の商店主や商人が多く、劇中でも描かれていたように、当日は酒を飲んで酔っ払っていたようだ。手当たり次第に群集を斬りつけるマンチェスター・アンド・サルフォード義勇騎兵団に対して、正規軍である第15騎兵連隊の将校が"For shame! Gentlemen, Forbear! Forbear!"と叫んだと言い伝えられている。

子どもや女性を含む多数の市民が殺されるという惨事だったピータールー虐殺事件は、歴史的事実として、その後の民主化につながることも無く、むしろ改革運動は弾圧されることになる。映画も史実に基づき、摂政王太子(ジョージ4世)がマンチェスターの治安判事たちに対する謝意を伝えるようにと、首相第2代リヴァプール伯爵と内務大臣シドマス子爵に命じるという、史実通りの救いのない結末である。

大作なのにキャストがまた地味。日本でもよく知られている出演者は、ダニエル・クレイグの『007』シリーズのビル・タナー役で知られるロリー・キニア。『名探偵ポワロ』のジャップ警部役フィリップ・ジャクソン。あとはイギリスの映画やTVドラマではかなりの高確率で脇役で出ているティム・マッキナリーくらいか。しかし殆どの出演者が舞台経験豊富な演技派ばかりなのだから、イギリス演劇好きにはたまらない。

小津、フェリーニ、キューブリック等の影響を受けた イギリスの巨匠マイク・リーの2時間半の全編に亘って絵画の様な映像と、イギリス舞台俳優達の台詞まわし。アメリカはもちろん本国イギリスですら一般ウケしなかったようだが、日本だと、そもそもイギリス作品が好きな人しか観ないだろうから、評価されるのではないだろうか。

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