髙田幸平「畝。前に云ったかもしれない。『ジャム、ジャム、ジャム。』」
Cyg art galleryでは、神戸市出身で山形市在住のペインター髙田幸平の個展「畝。前に云ったかもしれない。『ジャム、ジャム、ジャム。』」を開催しております。この展覧会についてご紹介します。
モチーフのない絵を描く
髙田幸平は絵を描くことそのものに関心を寄せ、抽象絵画による実践を続けてきたペインターです。抽象絵画というと、形態・色彩自身の表現を目指す絵画で、広くは実際にはモチーフがあってもそのままの形態から離れていたり、具体的な対象の再現を目的としない絵画を指します。さらには、描くための具体的な対象をもたないものもあります。
髙田の場合は、描くための具体的な対象をもたず、絵を手段として何かを表現するのではなく、絵を描く行為、絵具に触れた時の初期衝動に焦点をあててきました。
本展では、特に鮮やかな色彩と盛り上がった絵の具の物質感が特徴的な絵画を発表しています。これらの作品群は、もりもりとした絵の具の質感やフレッシュさ、鮮やかな色彩が相まって「おいしそう」にもみえます。また「いい匂いがしそう」にも「触りたくなる」ようにも感じないでしょうか?
絵のなかの関与できない場所
髙田は制作の過程で、マスキングテープをしばしば用います。使用方法としては、描き始める前に枠のように縁取ったり、または描いている途中にストライプのように貼っていき、絵の具を乗せたあとに剥がします。
なぜ、このような方法をとるのでしょうか?髙田に聞くと、意図的に関与できない場所をつくるためだと言います。このことから、描画をコントロールしすぎないこと、偶発性も取り込もうとしていることが窺えます。
また盛り上がった絵の具と、何も描かれていない支持体(絵画の塗膜を支える面を構成する物質。紙、キャンバス、パネルなどを指す。)の対比も印象的です。
作品にタイトルをつける
今回の出品作品には、一見意味の通らないような、しかし語感が楽しげで、食べ物の名前がよく登場するタイトルがつけられています。食べ物は、ジャムであったりヨーグルトであったり、固形物ではないものが多いようです。それらの質感はとろっとしていたり滑らかであったりして絵の具とも似ています。
タイトルは、作品が完成したあとにその作品の印象をもとに連想したり、語感を重視しながらつけているといいます。高田は絵を描く過程で、感覚的にどの色を残すか、どんな色を加えるか選びます。タイトルの付け方も、これに近いそうです。
このタイトルの付け方は2021年頃から始まりました。きっかけは、歌人の穂村弘さんの歌集から言葉の使い方に衝撃を受けたことです。それから高田は、穂村さんの歌集や書籍のなかから気になる単語をメモして、コラージュのように組み合わせてタイトルにつけるようになりました。「おいしそう」なタイトルは、実際に鑑賞者から作品を「おいしそう」と言われることが多かったことも影響しています。
高田は、自身の絵から連想し、良い語感を探し当てるようにタイトルをつけています。タイトルにも注目してご覧いただけると、より一層高田作品をご堪能いただけるかと思います。
額縁について
出品作のほとんどには額縁がついています。この額縁は、髙田が友人の大工・荒さん(荒大工)に頼んで特注で製作をしてもらっています。その折々で使える木材を用いて工夫を凝らしながら製作しています。着彩はしておらず、無垢な木材の魅力が際立ちます。
額縁がついていることで、より一層ご自宅にも飾りやすいのではないでしょうか?髙田の生活のなかに絵画があることへの想いが伝わってきます。
ライブペイント
展覧会初日には、会場内で髙田が実際に作品を制作しました。その様子は下記からご覧ください。
このときは1時間半ほどでの制作だったため、普段とは違った描き方をしたそうですが、髙田の制作過程を垣間見ることができました。
パレットは使わず、チューブからパネルに直接絵の具を絞りだしていることがわかります。やはり絵の具の消費量も特徴的ですね。マスキングテープを剥がすときの「どんなふうになるだろう?」というワクワク、ドキドキにも立ち会うことができました。
完成した作品はこちらです。タイトルも翌日のうちにつけました。
またライブペイントでは〈絵のうつわ〉シリーズも1点制作していますが、このあとさらに、普段は油絵具で制作する〈絵のうつわ〉をはじめてアクリル絵具で制作しました。実験的な作品だったといえるでしょう。高田は、油絵具よりアクリル絵具のほうが乾いたときの嵩が減ることを予測していました。実際にどうなっていくのかは、作品の経年変化をみていきましょう。
最後に
髙田幸平の個展「畝。前に云ったかもしれない。『ジャム、ジャム、ジャム。』」について、スタッフの視点で紹介させていただきました。
実は、髙田の個展はCyg取扱い作家のうち最多となる4度目。最初の個展は2015年の「えをみる」、そして2017年「P and M」、2019年「カプセルと罫線」と続きます。今回は、Cygが盛岡市内丸から盛岡市菜園に移転後、初の髙田個展となりました。現在のCygは内丸にあったときとは違い、壁の曲線や空間の解放感が特徴的です。とても魅力的でありながら展示には工夫が必要な空間ともいえます。高田は、そんな特徴的な空間と見事に作品を共鳴させた展示を作りだしています。是非会場でご覧いただきたいです。
会期は7月18日(火)までと残りわずかですが、皆様のご来場をこころよりお待ちしております。
Cyg art gallery 千葉真利