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マキモト商店

前置き

ヴァーチャル空間での即売会イベント、「ComicVket」の会場を彷徨っていた私は、この本を手に取った。
それは去年の夏の事だが、ようやく読み始め、読了したので感想を綴っておこうと思う。

感想

私はSF作品が好きだが、「2001年宇宙の旅」のような、長ったらしい背景描写が好きでは無い。読んでいると情報が右から左に流れるように何も残らなくなる。非常に空虚な時間を過ごしてしまったと後悔するほどだ。キューブリック映画の方は、数多くあるSF作品の中でも上位に位置するほど好きだが、原作は、登場人物が見た風景を隅から隅まで事細かに伝えてくるので正直嫌気が差してくる。物事はバランスが重要だ、文字数が多ければ良いと言うものではない。よって、長々と時間を掛けたこの本を読了した感想は、何もなかった。

前置きに記した通り、ComicVketを楽しんでいた私はこの本に出会った。
この本を手にしたモチベーションは、VRというプラットフォームの傾向上、ヴィジュアルを大切にしているであろうこのヴァーチャルワールドで、小説を売っているという事象が面白いと思ったからだ。
立ち読みもせず、内容もよくわからないまま、その行為に感銘を受けて買ったのだ。
つまりこの小説がSFだとすら分かりもしなかったわけだ。
SFだと判るや否や、私はSFモードに切り替え読み進めた。

まず、古江スイ氏の文章は背景描写がスマートで読み心地が良いという点が強みであると感じた。過度な情報や表現が抑えられているのに、世界観、空気感が伝わってくる。雑多なモールタワーの内部や、商店街の店舗同士の付き合いのようなレトロ感のある人間関係が短く簡潔な文章で読み取れるのだ。
物語もまたレトロ感があって「セル画時代のSFアニメ」を眺めているかのような懐かしさを感じられる。

「マキモト商店」の時代設定は2060年頃である。
テクノロジーを享受した我々現代人が今から40年後の世界を描くとなると、大体似たり寄ったりになるだろう。メタルギアソリッドや攻殻機動隊で放たれたメッセージが、徐々に浮き彫りになってきているし、グローバリズムの流れの中で生きる我々の「個人の幸せの形」すら定義化されるように、国や経営者やAIの操り人形となるという恐怖が容易に想像できるようになったからだ。
しかし一昔前のSF作品は、「マキモト商店」のような作品が多かったのだ。
なぜなら未来は遠いものだったし、遠い存在であるからこそ自由に世界を作ることが出来たからだ。

古江スイ氏の事は全然分からないし、作品も初見である。
即売会でジャケ買いしただけなので、正直内容に期待をして買ったわけでは無かったのだが、読み始めると一瞬で「モルタワ」にワープしたかのように引き込まれた。
住人が各々の店で働いていたり、ホログラムで表示される広告の鬱陶しさや、バウムクーヘン状になっているモールの中心で飛び交うホバーバイクの騒々しさを体験することができるのだ。

さて、話の軸を確認するとしよう。
まず主人公は「蒔本コウ」という女性だ。
彼女はレトロ電子雑貨店の店主で、アシスタントのロボットと共にモルタワで生活している。店舗の前で迷子の女の子「ユイ」を見つけ、世話をしていて騒動に巻き込まれていくと言うものだ。
この話には孤児院の問題も付き纏い、波乱の匂いを漂わせる1章目となっている。話作りも奇抜な事はせず、馴染みやすいので本当に優しい構造になっている。(ネタバレになるのでこれ以上は述べない事とした)
どうだろう、未来の話の筈なのに懐かしさを感じないだろうか。

この懐かしさの正体はなんだろうか。

まず、この作品のキャラクターはリアルワールドの現代人より人間的である。何をお前は言っているんだと思うことだろうが聞いてほしい。
この先のリアルは十中八九機械と融合していくだろう。
現在の人類は、便利を追求していった結果、人との繋がりさえもオンライン化されて、webの中でデータとコミュニケーションして満足しているような現状である。この「空っぽなニンゲン」が待ち受ける未来は、体すらもマシーンになっていくという現実だ。
最初は身につけるものがスマートデバイスとして、人間を変容させていく。今は腕時計だが、メガネは凄まじい速度で進化しているし、指輪や靴も開発中だ。
その次はコンタクトレンズやスーツなんかもデバイス化される事だろう。
そして10年後には体内に入ってくるのだ。
マイクロチップは実用性に乏しいのだが実在はするし、脳に埋め込む技術はイーロン・マスクが現に開発中である。
そして2060年ごろは想像もできない人間の形が出来上がってる事だろう。
40年後なんて誰も予想できないが、現在研究されてる技術は商業化されていてもおかしくない。

しかし、マキモト商店では、「人間」を描いている。
機械はあくまでサポートとして働いており、各々の店を各々が管理し、自らの意志で物を売ったり運んだりしている。そうやって仕事をして賃金を得ている。
次世代の産業に現を抜かし、富と名声を求めるようなニューエイジよりも、「マキモト商店」という小説の世界に生きる彼らの方が、現代において失いつつある人間性が滲みてきて、懐かしさとなって私の心に響いたのでは無いだろうか。

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