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#あの失敗があったから 今の僕がいる。

社会人12年経ったある日、ふと考えたことは その先 3年後5年後の未来。当時の自分自身にどことなく自身がもてなく過ごしていたあの日。意を決して飛び込んだ世界が WEB業界だった。

それまで、何となくスパナを持ちながらフィールドワークして、オフィス機器を設置して何かトラブルがあればメンテナンスする日々を繰り返す毎日。本当にそれが自分にとってプラスなのか。真剣に考えたことがあった。

事業場も転々として、社内インフラを切り盛りする監視役も、僕にとっては何気ないひとつの通過点でしかなかった。

2008年、結婚して1年が経ち、PHPエンジニアとして新しいSTARTを切ったのも束の間、世の中は リーマン・ショックという金融危機に陥っていた。既にひとりの子どもも授かり、人生もこれからという時、自分の心の中には、とにかくやるしかない。の声しか響いてこなかった。

頭の中で分かっていても、身体は正直だ。疲れがピークに達してくると、自然と眠気が押し寄せて、無理にでも休ませようとする。でも、若さ故に気をつけなければいけないのは、どこでブレーキを踏むか。あの時の自分は、そのことに気づく由もなかった。

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4年後の2012年、自前のサーバをオンプレミスから、クラウドに移行する話しが社内で議論されていた頃、にわかにソシャゲーブームが巻き起こり、スマホアプリや、ゲーム事業を扱っている会社に移ろうと悶々としていた。

渋谷は桜ケ丘に拠点を置く その会社は、若い力が結集して最も勢いのあるベンチャー企業として色濃く映えた。「これが自分のしたかったことなんだ。ここでやりたいことができる!」と、入社したその日、空がいつも以上に青く透き通って見えた。

ただ、そんな日は、長くは続かなかった。

とあるブランドのリニューアルプロジェクトで、自分を見失った。気付いた時には、出社することもなく、家で黙々と仕事をこなしていた。

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人は、自分を見失う時、回りが何も見えなくなる。

必死になって、自己主張しようと藻掻いていたのだろうか。

単純に、認めて貰おうとしてオーバーヒートしたのだろうか。


いや、そんなんじゃない。プライドが高くて責任感が強いんだ。


何でも 頼まれたことに対して、NO と素直に言えない自分。

自分がやらなければいけないことに対して、真っ先に手を挙げる自分。

分からないことがあったら、自分で調べないと気が済まない自分。

言いたいことは分かる。

でも、コップと同じように、水が溢れる瞬間は 必ずやって来る。


・・・水が溢れる前に、気付くべきだったんだ。・・・

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何事もなく、仕事に対して真摯に向き合う日は、いつ来るのだろうか。

そう思い起こしながら、何年の月日が経っただろうか。

あれから、既に 8年の時が流れた今でも、時折 あの日あの時感じた、ひとりだけの世界に引き込まれそうになる。

一度一線(キャパの限界)を越えてしまうと、なかなか 元には戻れない。

立ち直れないと思った数えきれない日々。それに向かって「何糞!」と憤りながら、病棟へ通っていた苦い思い出。

そんな日も、今となっては 遠い過去の幻想 のようだ。


あれがあったから、ブレーキが自動で入るようになった。

気持ちも楽になった。

「そこまでやらなくていいんだよ。」と、背中越しに教えてくれる誰かに、いつも支えられて生きている。

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理不尽な縦社会で構成されている世の中では、緊張の糸を いつも張りつめていた方が良い。

何故って?

だって、その方が 自分を俯瞰して物事を捉えられるから。無理なものは無理と、ストレートに伝えられる自分でありたい。

そこを、身勝手な解釈や思い込みで振り回されるのはごめんだ。

変なプライドは かなぐり捨てて、素直な自分で問いかけよう。
きっとそこには、優しく応えてくれる 貴方が待っているから。

#あの失敗があったから

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