宮沢賢治 作 「ダリヤ品評会席上」災害から現実逃避か

大雨と戦っていた賢治

1927(昭和2)年8月10日と20日の作品群は、現実の岩手県を舞台に、水稲の倒伏などの大雨被害を扱っています。

空想のイーハトーブへの逃避か

いっぽう、8月16日に書かれたこの作品は、やはり水稲の倒伏を扱っているものの、舞台は空想のイーハトーブです。

あまりにつらい農業災害から現実逃避したくなったのかもしれません。

賢治はダリヤ品評会の審査員

賢治は、現実でもダリヤ品評会の審査員をつとめていますが、時期は、例年9月下旬のことが多いようです。この時期に実際にダリヤ品評会があったのではないようです。

審査対象のダリヤは土に植えられているのではなく、「気圏」から取られて、「第四次限」に軌跡を刻む、不思議な花です。

ひとつめは新たな時代の花

1つ目の花は新たな時代を表します。賢治が支援して弾圧された労農党、クリスチャン、農業教育者が登場します。

ふたつめは歴史の花

2つ目の花は、歴史や伝統美を表すようです。支那(中国)、岩手県遠野、シルクロードのヤルカンド、といった歴史ある地名がでてきます。

みっつめは火の花

3つ目の花は火です。時期的にお盆の迎え火、送り火を連想させます。

(本文開始)

一〇八六
     ダリヤ品評会席上

         一九二七、八、十六、

西暦一千九百二十七年に於る
当イーハトーボ地方の夏は
この世紀に入ってから曾って見ないほどの
恐ろしい石竹いろと湿潤さとを示しました
為に当地方での主作物 oryza sativa
稲、あの青い槍の穂は
常年に比し既に四割も徒長を来し
そのあるものは既に倒れてまた起きず
あるものは花なく白き空穂を得ました
またかの六角シェバリエー、
芒うつくしい Horadium 大麦の類の穂は
畑地のなかで或は脱落或は穂のまゝ発芽を来し
そのとりいれはげにも心せはしくあはたゞしいかぎりでありました
これらのすき間を埋めるために
諸氏は同じく湿潤にして高温な
気層のなかから、
四百の異るラムプの種類、
Dahlia variaviris の花を集めて
この色淡い凝灰岩の建物の
石英燈の照明と浸液アルコールのかほりの中
窓よりは遥かに熱帯風の赤い門火の列をのぞみ
白いリネンで覆はれた卓につらねて
その花の品位を
われら公衆の投票に問はれました
すでに得点は数へられ
その品等は定められたのであります故に
いまわたくしの嗜好をはなれ
これらの花が何故然く大なる点を得たのであるか
その原因を考へまする
第百一号これはまことに二位を得たのでありますが
かつその形はありふれたデコラチーブでありますが
更にし細にその色を看よ
そは何色と名づけるべきか
赤、黄、白、黒、紫 褐のあらゆるものをとかしつつ
ひとり黎明のごとくゆるやかにかなしく思索する
この花にもしそが望む大なる爆発を許すとすれば
或ひは新たな巨きな科学のしばらく許す水銀いろか
或ひは新たな巨大な信仰のその未知な情熱の色か
容易に予期を許さぬのであります
まことにこの花に対する投票者を検しましても
真しなる労農党の委員諸氏
法科並びに宗教大学の学生諸君から
クリスチャンT氏農学校長N氏を連ねて
云はゞ一千九百二十年代の
新たに来るべき世界に対する
希望の象徴としてこの花を見たのであります
これに次では
第百四十 これは何たるつゝましく
やさしい支那の歌妓であらう
それは焦るゝ葡萄紅なる情熱を
各カクタスの瓣の基部にひそめて
よぢれた花の尖端は
伝統による奇怪な歌詞を叙べるのであります
更にその雪白にして尖端に至って寧ろ見えざる水色を示すものは
その情熱の清い昇華を示すものであります
もしこの町が
未だに近代文明によって而く混乱せられざる
遠野或いはヤルカンドであらば
恐らくこの花が一位の投票を得たでありませう
更に深赤第三百五、
この花こそはかの窓の外
今宵門並に燃す熱帯インダス地方
たえず動ける赤い火輪を示します   

最後に一言重ねますれば
今日の投票を得たる花には
一も完成されたるものがないのであります
完成されざるがまゝにそは次次に分解し
すでに今夕は花もその瓣の尖端を酸素に冒され
茲数日のうちには消えると思はれますが
すでに今日まで第四次限のなかに
可成な軌跡を刻み来ったものであります

(本文終了)


#宮沢賢治 #水稲 #倒伏 #大麦 #ダリヤ

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