マガジン漫画原作『ヘタレ王子と熱砂の旅路』 2話「ヘタレに隠れし力」

■広間

 巨大な炎がゴウエンを包む。

ゴウエン「うっ⁉」
バオ「こんがり具合はどんくれぇかなぁ! 頭がヘルメットで焼け具合がばらつくかもしんねえけどなぁ!」

ゴウエン「そうだな、これは暑いな」
 ゴウエンはヘルメットを取り、地面に転がして素顔を明かす。

バオ「てめえ、その顔⁉」
 バオはゴウエンを見て身震いする。
ゴウエン「珍しい、か。鉄の一族は」

 真っ赤な目、肌には鉄のような鱗があり、極めつけは剥き出しの牙だ。
 しかも、その牙はただの牙ではなくナイフのように鋭く金属のような光沢がある。

バオ「知ってるぜ、10年前くらいに絶滅させられた遠い地の部族だってな。その生き残り、か」
 バオは眉をひそめる。

ゴウエン「俺がここにいるのは王子のおかげだ」

 王子と出会った時を思い出す。

■7年前

 俺は奴隷としてある街に連れて来られていた。

 街では化け物扱いを受け、昼は過酷な労働、夜はその鉄を生み出す一族の生態を利用され、身体から皮膚を剝がされ牙を抜かれる日々を過ごした。

 そんなある時、俺は王子に会った。

 当時の9歳の王子は勉強として様々な国を巡っていらした。
 王子が案内された建物はまだ未完成で、事故かわざとか突然建物は倒壊した。

 現場で作業をしていた俺は、咄嗟に王子を庇った。
 もちろん、その時ルド王子が王子であることなど知らされていなかった。

ゴウエン「だ、大丈夫、か?」
ルド「う、うぅ」
 抱きかかえた王子は涙を浮かべる。

兵士A「大丈夫ですか! 王子!」
兵士B「な、なんだ、お前! 化け物が王子から離れろ!」

 王子の側近たちがやって来て俺は王子を放す。

兵士A「ご無事でしたか!」
ルド「恐かったぁ!」

兵士B「この建物はなんだ! 安全ではないじゃないか!」
 兵士はうちの親方に銃を向ける。

親方「ひひーい、それはこの化け物が暴れてこの建物を傾けたからですぅ」
ゴウエン「⁉(親方、俺に責任を)」

兵士A「化け物、貴様か!」
 今度は俺に銃を向ける。
ゴウエン「ち、ちが」

 死を覚悟したその瞬間。

ルド「なにやってんだ!」
 そう言って王子は俺に抱き着く。

兵士A「王子、危険です!」
ルド「危険? それは違う、この中で一番安全なのはこの人だ」

ゴウエン「この、俺が恐くないのか?」
 俺は王子を見下ろす。
ルド「恐くないよ、もっと怖いのはそう……父上」
 王子は青ざめてガクブルと震えだす。

ルド「でも怖いの種類が違うね。殺気がなくて、負の感情が少ない気がする。だから君はきっと優しい人なんだ」
 そう言って純粋な目を向けてくる。

ゴウエン「(そんなこと、生まれて初めて言われた)」
ルド「よし、決めた。こいつを俺の護衛にする」

兵士A「王子、ど、どうかお考えを」
 兵士たちは焦った様子で王子に頼み込む。

ルド「うるさーい! そもそも僕を護衛出来てないのが悪いんだろぉ! お前ら全員クビだ!」

兵士たち「ええええ!」

■今

 その後、王子は俺を本当に護衛にして、傍に置いてくれた。
 こんな俺を友と呼んでくれた。

 王子は昔から殺意や悪意の目に囲まれて臆病な性格になってしまっている。
 だからこそ感情に敏感で、人を見抜くことが出来る。
 本当の俺を見つけてくれた。そんな王子のため俺は盾にも矛にもなろう!

 俺は自身の牙を引き抜いて構える。
ゴウエン「お前の炎は俺の鉄を溶かすのには少々温度不足のようだ。行くぞ」

 ゴウエンは襲い来る炎などものともせず一直線にバオに突っ込む。
バオ「バカな!」

 鉄の牙で宝玉を破壊し、バオを打ち倒す。
ゴウエン「……」

 鉄の牙を捨て、王子の元に行こうとすると、倒れたバオが話し掛けてくる。振り返ると既に口元に新たな牙が生えそろっている。

バオ「待て、はぁはぁ何故、そんなに強い? 一族か?」
 バオは噛みしめてゴウエンを睨む。
ゴウエン「違うな、護るべきものがあるからだ」

 そう言って俺はその場を後にした。

■王宮地下牢屋

クロエ「う、うぅ、ここは?」
 目を覚ますと私は牢屋の中いた。

?「目を覚ましたかお嬢さん」
 狭い通路を跨いで向かいの牢屋には髭を生やした初老の男性が捕まっている。

クロエ「あなたは……」
ゼハール「私はゼハール・オーイルというものだ」
 精気のない声からしばらくはここにいることが分かる。
 そして、オーイルという名は聞き覚えがある。

クロエ「この国の王!」
ゼハール「今は謀反されたただの老いぼれだがね」

クロエ「ここを出ましょう」
ゼハール「それが出来たら苦労はしない」
 ゼハール王や私の手足を見ると、しっかりと枷で動きを封じられている。

クロエ「……こんなもの、う、がふっ!」
 私は喉から隠し持っていた針金を吐き出す。
 それをサクランボの茎を口の中で結ぶような器用さで形を変えて鍵穴に差し込んで自身の枷を外す。

ゼハール「何故ここに囚われたかね?」
クロエ「我が主、ルド王子の命令です。ここを探れと」
 そう言いながら自身の牢の錠を開ける。

クロエ「私はここを出ます。ゼハール王も」
ゼハール「私はいい。足手まといにしかならないからね。それよりも主の元へ急ぎなさい。ナップのことだきっとルド王子も危ない」

クロエ「分かりました。どうかご無事で」
 そういって牢屋を出て外を目指す。
 すると、目の前に私を襲撃した男が立っていた。

?「やはり、出て来るか」
クロエ「分かって泳がせたの?」

?「先は失礼した。貴様とは私の同じ匂いがする。故に正面から潰したいと思う」
 そう言って男は私の足元にナイフを転がす。

?「お前が持っていたものだ。さあ来い」
 男は刀を構える。

 得物は向こうが長い、真正面からは勝てない。
 
 ならばやることは一つ。落ち着いて落ち着いて、私は出来る。

 私は覚悟を決める時、いつも昔のことを思い出す。

■8年前

 私は物心がついたときから両親はいなかった。
 そんな私が生きて行くにはありとあらゆることに手を染めなければならず、12歳になるころには既に大きな盗賊組織に身を寄せていた。

 その日は大きな仕事だった。
 したっぱの私の主な仕事は盗ってきたモノの監視だ。

 今日のモノは人だった。
 私たちはある国の王子を誘拐したのだ。身代金目的なんてちゃちなものではない。政治的目的として他国が我々に依頼したのだ。
 きっと他国に引き渡せば大きく私たちの生活が潤うのだろう。

 見張りの番が回ってきた。

 その王子は泣いたり怯えるから脅すのが面白いと、いけ好かない同僚は言っていたが、いざ私の番になると、全くその素振りを見せなかった。

ルド「ねえねえ、君名前なんていうの?」
クロエ「クロエ」
 私は顔を合わせようとせずに答える。

ルド「じゃあさクロエ、僕をここから出してよ」
クロエ「一体、誰にお願いしてるのよ」

ルド「だったら何で君はさっきからキョロキョロ落ち着かないのかな?」
クロエ「はぁ?」
 得意げに言ってくるのが鼻につく。

ルド「当てようか。それはここから逃げる算段をつけているから、本当はこんなことはしたくない。逃げ出したい。でしょ?」
クロエ「⁉」

 一瞬で私がこの組織に対して抱く嫌悪感を見抜かれていた。
 気が付けば、私は王子を牢から出していた。

クロエ「さあ、後は勝手しな」
ルド「ええ! 無理だよ僕みたいなクソ雑魚すぐ捕まっちゃうよ!」

クロエ「そんなことまで知るか!」
 そう言ってすがりつく王子を突き飛ばす。
ルド「う、うぅ、クロエがいないと僕はダメダメだよぉ!」
 王子は泣き始める。

クロエ「あーもう! この腰抜けが!」

 その後私は王子を連れて必死に逃げた。
 初めは盗賊の一味だったとして罪に問われるはずだったけど、王子が強引に召使いにして迎え入れた。

ルド「僕、クロエがいないとダメだ、だから一緒にいてよね」
 無邪気に笑う王子を見て、自分の中の何かが満たされる気がした。
クロエ「……仕方ないですね、ご主人様」

■今

 誰よりも臆病で、弱くて、偉大な父という存在が重圧でコンプレックスで、でも凡人で。

 だからこそ、人の繊細な部分に敏感でよく見ている。
 みんなの安全を考えていつも寝不足。

 今回の件だってあまり乗り気じゃなかったのも、船長としての責任感からだというのを私は知っている。

 王子は知らないけれど、御父上様が王子にこの旅を任せたのは、リーダーとして一番大事なものを持っているからだ。

 少し美化しすぎたけど、今はこれでいい。
 頑張れ、クロエ。

 私は覚悟を決めて立ち向かい、男は容赦なく私に刀を振るう。
 長さ的に先に私が斬られる。

 だけど、男の刀はピタリと止まり、私のナイフが先に男の胸を斬る。

?「こ、これは針金⁉ み、見事なり」
 私は一瞬の隙に相手の刀と天井を針金で結び、動きを止めたのだ。

クロエ「はぁはぁ、勝った。うっ!」
 傷は浅いが背中の方を少しかすった。
 でも、王子の前では完璧なクロエでいなくては、急いで助けに向かわなくては。

■アジト奥地

老人「ほっほっほ、王子殿よ、見えるか?」
ルド「何だこれは?」
 ぐわんぐわんとして、見えないものも見えるような感覚だ。

老人「お前たちは幻を見ている、精神を抉るような強烈なものをな。どれだけ強い者も心は等しいものよ。わしの宝玉の前に全て無力、ほっほっほ」
 そう言って、老人の宝玉は怪しく光る。

ルド「うぅ」

 辺りは真っ暗で心細い中、声が聞こえる。

?「才能のない親の七光り」
?「お前に期待した俺たちがバカだった」
?「お前みたいなのしか生まれなくて勇王が可哀そう」

ゴウエン?「お前を守る価値はない」
クロエ?「あの時助けなきゃよかった」

 脳でたくさんの声が聞こえる。

ルド「あ、ああ」
 そして俺は倒れた。

老人「ほっほっほ、壮観じゃな」

 その場で立っているのはたった一人、老人だけだった。

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?