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第11回毎月短歌テーマ詠「もうすぐ夏」霧島あきら選

みなさん、こんにちは。霧島あきらと申します。大変僭越ながら、このたび第11回毎月短歌のテーマ詠「もうすぐ夏」の選者を担当させていただくことになりました。拙い評で恐縮ですが、どうぞお読みいただけますと幸いです。

(簡単に自己紹介させていただきますと、歌歴は一年半ほどです。「右脳水星短歌会」というグループに所属して『光るかもね』という同人誌を作っています。演劇とお寿司としろくまが好きです)

作者名がわからない状態で、お寄せいただいた全170首をじっくり拝読いたしました。たくさんの素敵な短歌をご投稿いただき、本当にありがとうございました!

それぞれに魅力があり絞りこむのにとても悩んだのですが、「もうすぐ夏」というテーマにぴったりで特にグッときた短歌を10首ご紹介させていただきます。
(順不同、敬称略で失礼します)

【⛵️ナイスアーリーサマー賞⛵️】10首

いっしゅんの雨いっしゅんの初夏の風いっしゅんおそろいだった水玉/銀浪

「いっしゅんの」のリフレインと句跨りのリズムが心地よく、光や温度、においまで伝わってくるようです。「いっしゅん」がひらかれているのも効果的で、「しゅん」の音の弾けるような響きが増していると感じ、歌の世界観にもぴったりだと思いました。
「いっしゅんの雨」だけでもおそろいの水玉は出来上がると思いますが、その間には「いっしゅんの初夏の風」の存在があります。風によって運ばれた雨粒が生み出す水玉は、その風に吹かれて、たちまち乾いてしまうのでしょう。
過ぎ去ってしまうからこそ愛おしい初夏の忘れられない瞬間が閉じ込められた、一枚の写真のような魅力的な一首です。
一読して情景が鮮やかに浮かび上がりつつも、主体の思いが直接的には書かれていないことで、切ない余韻がもたらされていると感じます。その点にもグッと来ました。

でたらめに水面が爆ぜる沐浴は夏のけものの習性だから/塩本抄

「でたらめ」「爆ぜる」「けもの」といった言葉には野生味があり、描かれている景には力強さや勢いが感じられます。一方で、文章の組み立て方がしなやかで美しく、その融合がとても魅力的で惹きつけられました。
「沐浴」という言葉をどう捉えるかですが、からだを清めるための宗教的な儀式も頭をよぎりつつ、そのエネルギッシュな描写から、幼い子どもが水遊びしている光景と受け取りました。
夏は人間が最も水辺に近づく季節だと思いますが、なかでも幼い子どもは大人と比べるとまだ動物らしさが色濃いと感じ「夏のけもの」という表現の秀逸さに唸りました。
そして、育児詠として捉えた場合だけでなく、明確には正体不明の(あるいは概念的な)「夏のけもの」をイメージしたとしても、爆ぜる水面自体を「夏のけもの」の比喩として味わったとしても魅力的な一首であり、歌そのものが纏う神秘性に心を奪われました。

閉ざされたプールサイドに忍び込みテニスボールを探す放課後/白川 侑

まさに「もうすぐ夏」の具体的な瞬間が切り取られていて、一読して「おお!」と思った一首です。
私は北海道出身で屋外プールに親しみがなく、プール=屋内の温水プールなのですが、それでもこの歌が描く光景の魅力が伝わってきました。同じような経験がない人にもそれを擬似体験できるようなリアルな手触りをもたらしてくれるのは、描写に不自然さがなく歌に説得力があるからだと思います。そういった力を持つ短歌に憧れます。
そして、「もうすぐ夏」というテーマにバシッとはまる歌でありながらも、テーマを知らずに読んだ場合にも初夏の時期をイメージする人が多いのではないかと感じました。それは「忍び込み」「探す」という言葉選びにユーモアが滲み、少しわくわくするような印象があるからだと思います。プールサイドの青とテニスボールの鮮やかな黄緑色の対比も相まって「もうすぐ夏」の空気感とマッチしている点も魅力的です。

自転車で2時間かけて海へいく同じくらいの汗のパーミル/畳川鷺々

青春の眩しさを感じる素敵な一首です。「パーミル」とは塩分濃度の単位のこと。すみません、知っていたみたいに書いていますが調べました。そして「とっても良い歌だなぁ…!」と噛み締めました。
シチュエーションが魅力的なのはもちろんですが、語の選択が光っていると思います。「汗の濃度」と「汗のパーミル」では、きらめき感がまるで変わってくると気づかされました。そして、結句の体言止めも素敵です。短歌ならではの省略を生かした言葉の構成によって、臨場感が高まっていると感じます。
さらに気になって調べました。海は平均すると35パーミル、人間の汗はおよそ4パーミルだそうです。初夏の日差しを受けながら2時間自転車を漕ぐ、いかにも塩っぽい汗が噴き出てきそうですが、さすがに海と同じ濃度にはならないでしょう。その誇張した表現が若さを強調していて、歌全体が醸し出す青春性にとてもグッときます。

そうめんの茹で時間を思い出す毎年忘れて組み立てる夏/ZENMI

個人的に共感度No.1の歌でした。よくわかる光景だからこそ、この歌が持つオリジナリティに魅了されます。
そうめんは夏の定番アイテムですが、茹で時間を思い出す時期はまさに「もうすぐ夏」の頃。お題への解像度が高く、よりピンポイントに目を向けて題材を料理している点にも惹かれました。
そうめんの茹で時間ですが、パッケージには1分半から2分と書いてあり、パスタなどと違って幅があります。さらに、基本的には水でしめるので、人によって好みの茹で時間は微妙に違うのではないでしょうか。だからこそ、自分の頭にある夏の箱からそうめんの茹で時間を取り出して「組み立てる」という表現が決まっていると感じます。
5・6・5・8・7の破調になっているのも特徴的で、この歌は厳密な定型でないところにもおもしろみがあると思います。特に二句目の字足らずは茹で時間を迷う様子に感じられますし、最終的には31音になっていることから、結果、おいしく茹でられたような気がしてくるのです。

幼子のうなじに薄いトルネードかすかに初夏の匂いのような/梅鶏

ぬくもりのある眼差しと発見が魅力的な歌です。言われてみると、くるっとしたかわいらしい子どものうなじを見たことがあります。トルネード(竜巻)からは積乱雲が連想され、夏のイメージと重なるとともに、子どもが持つ活発さも感じられました。
子ども特有の匂い、元気に遊んで汗ばんだときの匂いが、初夏そのものの匂いであるという表現には驚かされつつ納得しました。感覚に訴えかけてくる力があり、これから子どもと触れ合うときにきっとこの歌を思い出すと思います。初夏の匂い、これまで想像したことがありませんでしたが、夏の匂いよりもかすかな気がします。その厳密には捉えきれない淡いイメージが、歌全体の優しい雰囲気にも繋がっているように感じられました。
また、「うなじ」「うすい」の「う」、「かすか」「しょか」の「か」、と韻律が揃っていて美しく、声に出して味わいたくなるところも素晴らしい一首だと思います。

窓際で光を浴びて午睡するあなたは夏の化身のようで/あきの つき

「あなた」への憧れや恋心のような感情が伝わってきた上で「あなた」が限定されないところにとても魅力を感じた一首です。「夏の化身」というどこか謎めいた艶のある表現にも惹かれました。結句が言いさしになっていることも、その印象を強めていると思います。
最初は教室の場面をイメージし、窓際の席で突っ伏して眠る「あなた」を思い描きました。髪に光があたって美しく透けている様子が浮かびあがります。表情が見えないことから(普段親しい仲であったとしても)瞬間的に「あなた」との距離は広がり、「あなた」への思いが濃く際立つ時間が流れると想像しました。これは「化身」という言葉が広げてくれたイメージだと感じます。
そして何度か読むうちに、ふと「あなた」は猫ではないかという考えもよぎりました。これもまた「化身」という言葉が連れてきてくれた猫です。読者に委ねられた余白も含めて美しい一首でした。

ほんとうはちょっとくすぐったいんです 5月の市民プールの恐竜/短歌パンダ

かわいらしさと楽しげな雰囲気に心を射抜かれた一首です。告白めいた上の句で「なんだろう?」と引きつけられ、下の句の種明かしで思わず笑みがこぼれました。構成の巧みさを感じました。
子どものころ通っていたふるさとの市民プールを思い出します(屋内の温水プールです)。当時「ゆるキャラ」という概念はありませんでしたが、市のマスコットキャラクターが公営施設の至るところにデザインされていて、例に漏れずプールにもあしらわれていました。子ども用の浅いプールの底全面にニッコリとした動物のキャラクターが描かれていて、水を通してゆらゆら揺れて見えたことが鮮やかに思い出されました。
この恐竜も水に揉まれて、にぎやかな子どもたちに上を歩かれて…そうか、くすぐったかったんですね!
そして「もうすぐ夏」のテーマにバッチリはまっているところもお見事です。子どもたちの来訪が少ない寒い季節が終わり、5月は恐竜がまだくすぐったさに慣れていない時期。「なるほど!」の連続に感動しました。

真っ白なTシャツの日は胸張って夏空をゆく帆船になる/くらたか湖春

一読して、こころよく吹き抜ける初夏の風を感じられた短歌です。「Tシャツ」と「帆船」の大きさの対比から、たっぷりと布生地を膨らませる大きな風の存在を思い浮かべました。書いてあること以上の豊かなイメージを読者に与えてくれるのは、まさに表現の技術なのだと思います。
「真っ白なTシャツ」と「夏空」の色の対比も見事で、展開されるイメージの鮮やかさ、美しさに惚れ惚れとしてしまいます。句跨りもなく定型にしっかり収まっている点が、この歌の明るく澄んだ雰囲気をより印象づけていると感じました。
そして「もうすぐ夏」というテーマに当てはめたとき、「真っ白なシャツ」であることは、純白であるという景の美しさ以上の意味を持っていると感じます。半袖の季節が到来し、おろしたてだからこそTシャツは真っ白で、その気持ちよさから主体は胸を張るのだろうと想像させてくれます。その自然な流れが心地よく、細部まで完成されている点においても心惹かれた一首です。

飛行機の影がプールにとらわれて二十五メートルの夏の標本/宇井モナミ

一般的な旅客機であれば、小さめの機体であってもプールよりは大きいのではないかと思います。そのため、プールに飛行機がすっぽりと入ってしまったかのような表現が直感的に少し不思議に思われ、現実の景色ではないような感覚がありました。実際には「影」と書かれているので何も不自然なところはないのですが、本来の言葉の意味を超えてダイナミックな光景をイメージさせてくれるところが、この歌はとても魅力的だと感じました。
そのマジカルな印象は、「夏の標本」という巧みな比喩によって立ち上げられていると思います。影が過ぎ去るその一瞬を永遠にしてしまう、時間という軸においてもとてもスケールが大きくグッときます。
また、言葉運びがスムーズなので読みにくさはありませんが、四句目の「二十五メートルの」は9音あります。声に出して読むと、そのたっぷりとした響きがこの歌の背骨のようなしっかりとした存在感を放っていて味わい深く、とても楽しく鑑賞させていただきました。



ここまで、10首のご紹介でした。お読みいただきありがとうございました!すべてをご紹介することはできませんでしたが、このほかにも素敵な歌がたくさんありました。改めて、貴重な機会をいただいたことに感謝します。

気づけばもう7月。まもなく(すでに?)夏本番を迎えて一層暑くなりますが、みなさまどうぞご自愛くださいね!🍉

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