【超短編小説】ストリートミュージシャン
そいつを見かけたのはもう一年も前のことになるか。
別に珍しくもないストリートミュージシャン。
歌をうたって、みんな夢を捨てるな! 夢は必ず叶うからと叫んでた。
俺もいつか夢を叶えてみせるから、と。
歌も上手くない。メッセージもありきたり。
何も心に響くものはなかった。
むしろ、うるさいなあくらいの印象でしかなかった。
しかし、一年も真面目にやればそれなりに上達はするものらしい。
会社帰りにちょっと立ち止まって、一曲聴くくらいにはなった。
それでも冷ややかな視線を向けることはやめなかった。
誰も立ち止まらないこんな逆境でどこまで続くかな? と。
ある時、俺の横に立った会社員風の女性が彼の歌を聴いて涙を流しているのを見て、ぎょっとする。
彼の何が彼女の心を動かしたのだろうか?
俺は夢中で歌っていてその事に気づかない彼よりも、その女性の様子に釘付けになった。
こんな歌で。こんなパフォーマンスで。
なにか私生活でリンクするものがあったのだろうかと、想像する。
女性はしばらくするとすっとその場を立ち去って行った。
彼は結局その女性に気づかなかったようだ。
その後も彼の様子をたまにのぞいていた。
そんなある日、彼は落胆した様子で誰も立ち止まらない聴衆に向かって語りかけていた。
自分の夢はここまでのようだ。想いだけでは夢は叶わない。自分なりに努力もしたつもりだけどそれだけじゃダメだった。
みんなも辛い事あるだろうけど、俺も新しい場所で頑張るから、負けないでほしい。
そんなような事を言っていた。
そうか、やめるのか。
こんな事になると思ってたよ。
若いやつの夢なんてこんなものだ。高い壁にいつも跳ね返されて、潰れてしまう。
それなのに、
家路につく間、なぜだか涙が止まらなかった。
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