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映画『流浪の月』に救われた話#1

橙禾です。
自分で文章を書いて公開するなんて日が来ると思って生きてこなかったので、自分の文体?すら迷子です。

今日は、映画『流浪の月』を観た時の話をしつつ、この素晴らしい原作をお書きになった作家・凪良ゆうさんの言語化力に救われた話をしようと思って書き始めました。が!作家さんってすごいって思って書いていたら気がつくとなぜか自分も小説風に書いてしまっていました。とめることが出来ず、これはエッセイなのか何なのか…高確率でイタイやつ?
けど気持ちのままに書きたいと思います。



新宿の雨

2022年5月13日、本降りの雨が降る夕方の新宿。私(当時22)は雑踏をかき分け、映画館に駆け込んだ。

入り口で畳んだばかりの折り畳み傘を左手に持ち替え、濡れた手でチケット発券機を操作し『流浪の月』を選択した。

映画館に入って、自分が観る回の上映後に、公開初日舞台挨拶の中継が付いていることを知った。「これ、面白くなかった時きついな。」と不安がよぎった。

というのも、このチケットは、直前の新宿に向かう電車内で映画.comを見て勢いで取ったもので、あらすじはよく分かっていなかったのだ。

選んだ決め手は作品から漂う不穏さと「15年後再会」の文字から推測する話のスケールだった。

私はその日、2年付き合っていた彼との別れ話の直後で、放っておくといつまでもつきまといそうな負の気持ちを、どうせなら重たい映画を見てその感情に紛れさせ鎮めようとしていた。

正直言うと、設定すら分からないまま映画を観ることは不安だったが、彼との最後の会話をあれこれ振り返るより、今から観る映画が面白いのかどうかを心配することだけで頭をいっぱいにしていた方が楽な気さえした。

この際どんなに重たくても構わない、そんなことを考えながら席に着いた。

西荻窪の雨

毎日昼と夜に連絡を取り合っていた彼と、一ヶ月半連絡を取らなかった。

彼はダンスのインストラクターで、私はその生徒で出会った当時20歳の大学生。年齢差7歳。付き合うにはグレーな関係だった。

公にできない恋愛だったが、彼の職業柄、感覚は若いしカッコ良く、会社員ではないため時間を問わず連絡が返ってくるので大学生同士の恋愛とあんまり変わらない感覚で付き合えた。

それどころか、彼の生徒のうち数名は明らかに彼に好意があったので、みんなが独占したい人のプライベートを知っているというのは私の独占欲をくすぐった。ホストと付き合っているみたいな感じなんだろう。

そんな彼との関係は2年で終わった。時間にしては短いが濃い時間だった。2020年から2022年は未知のウイルスの襲来も相まって、私たちにとっては非常に厳しい環境だった。

しかし、彼からは色んなことを教えてもらった。冷凍食品やコインランドリーの使い方、人の愛し方。彼といると細胞の一つ一つが潤った。それから色んなことを共有した。嫉妬や焦り、得たいの知れない閉塞感とか将来の不安とか。男であることとや女であることと向き合ったこともあった。とにかく色んなものを二人で感じて耐え、ボロボロになりながら東京で生きた2年間だった。

別れた理由をあえて言葉にするとしたら私の方は、彼のマイナス思考に疲れたことと、人生のペースにズレが生じてきているのを感じたことが理由。

彼の方は連絡する気力がなかったか…私と同じ理由かもしれない。

感覚がピッタリと合う二人だったがゆえに少しのズレも耐えられなかったことが別れの最大の理由だろう。

5月11日昼前、彼から「引っ越すことにしたから荷物を渡したい」と連絡がきた。

そして二日後の昼、当時彼の住んでいた西荻窪の駅で待ち合わせたのだ。

「次のアパートの更新のタイミングで同棲できるくらい広い部屋に引っ越すよ」

そんな会話をし、ひたすらネットで物件を調べるというお家デートをした時期もあったなと思い出した。

実家暮らしの私にとって彼の四畳の部屋は彼の匂いに包まれた幸せ空間で現実から目を背け二人だけのシェルターのような場所だった。一方一回入ると中々出れない不思議な重力もあった。

彼はその頃にアパートの更新をしないと大家さんに連絡していたらしく、私との同棲は幻に終わったがいずれにしても引っ越しはしないといけなくなっていたらしい。

余計な経費と思ったか、心機一転と思ったか。それは彼にしかわからないことだった。

連絡していない間に引っ越す先を決めるなんて、確実に関係性の終焉だな。舌に苦い唾液が出たのを感じた。

朝起きた時から雨が降っていたので本当に彼が来るか心配だったが、用意に手こずり私の方が少し約束時間に遅れた。

私の心配をよそに彼は改札の外で挙動不審なまでにうろうろして待っていた。ちょっと弾むような足取りで、どこを見ているかわからない視線の配り方。いつもの彼だった。この調子でよく職質されていたらしい。

一ヶ月半ぶりに見る、私の愛する人である。

彼は少し頬がやつれてはいるものの鍛えられた身体はダンサーらしく美しかった。

どこに売っているのかわからないダボっとしたシャツにいきなりの黒いスラックス、そして足元は原色2、3色使いの派手めなスニーカーというチグハグコーディネート。それでもスタイルの良さで西荻の街では何とかなっていた。ちなみにこのシャツで表参道を歩いたこともある。

私たちは短い言葉を交わし、改札前は目立つので早速店に移動した。

西荻は彼の最寄りだが彼はヘビー級のCoCo壱ユーザなのでほとんどお店を知らなかった。ということで人から勧められていたチキンライス屋さんに入った。

今度一緒に行こうと話していたがまさか別れ話をする店になるなんて思ってはいなかった。

やはりランチ時ということもあり店は混んでいたが、テラス席ならすぐに通せると言われ、そうさせてもらうことにした。

斜めに降る雨と湿気が気にならない訳ではないが、今日テラス席を選ぶのは私たちくらいだろうし、話の内容的にも明るい店内よりこっちの方が良かった。それに正直にいうと私はこの時すでに、彼に会って彼の歩き方や仕草が愛おしく泣いてしまいそうだった。

何を話しただろう、はっきりとは覚えていない。二人とも今日別れようと思ってきたよね?っと確認し合った感じだったが会うとお互いに相手に厳しいことは言えなかった。ただ生き続けるためにはここで別れた方がいいことはお互いに頭では十分理解していた。

その証拠に彼は、引っ越し先を詳しく言わなかったし、私も聞かなかった。終わりの匂いだけははっきりしていた。お互いの心を撫でるようなそんな生暖かい気持ちの悪い時間を過ごした。

別れ話にちょうどいい料理というのも思いつかないが、明らか似合わないチキンライスを食べ終え、同じ方面だというので一緒に電車に乗った。

付き合っている時は(芸能人カップルかとツッコミたくなるが、)他の生徒さんに見られないように同じ車両に乗ることは避けていた。今日は最後かもしれないと思うと何となくお互いに分かれて乗ることができなかった。

彼が先に目的の駅に到着した。降り際、私はうっかり「やっぱりまた会おう」そう言ってしまった。彼は戸惑わず「またね。」と返してきた。そして、ほんの一瞬手と手が触れた。
細胞一つ一つが潤いを取り戻したかのように動き出したが、胸には別の衝撃が走った。久しぶりに触れた手は私には大きすぎて前のようなフィット感はなかったのだ。

(以前と違う。違う女の人と手を握ってきすぎて私の手のサイズは忘れちゃったんだ。)

私はうっかり「また会おう」と言ってしまったが、こうして、まさにその直後彼が彼じゃなくなることを悟ったのだった。

車内に一人取り残された私は、寂しさに押し潰されそうで、彼の手の衝撃が残る右手を必死に動かし、すぐ観れる映画を探した。(続)

映画『流浪の月』のあらすじ


伯母の家に引き取られ帰ることをためらっていた少女・更紗は公園で出会った孤独な悩みを抱える大学生・文の部屋に居候することを選んだが、世間は二人を誘拐犯と被害女児とみなした。引き裂かれたはずだった二人が15年後偶然再会する。凪良ゆうの同名小説を李相日監督が映画化。広瀬すず&松坂桃李の共演をはじめ更紗の今彼を横浜流星が熱演した。

▼映画『流浪の月』公式サイトabout the movieにもっと映画の魅力が詰まったあらすじが書かれています。


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