フランスパンで、父親にちょっと悲しい思いをさせた話
私は父に叱られた記憶がない。
誤解が無いよう言っておくが、父は今も健在だ。
いつも静かに私を見守り、私がよからぬことをすると、少し悲しい顔をする。
これが、叱られるよりもバツが悪い。
母に肘で小突かれながら、敵わんなぁとため息を吐きながら、私は父に謝りに行く。
当時中学生の私は、週末に昼飯代をもらい、いつものように図書館で本を読み漁った。
店に入れる程度の昼飯代を貰っているが、店へ向かう時間が惜しい。
私は、図書館のベンチに座り、カバンからフランスパンを取り出した。
30cmを超えるフランスパンを噛みちぎる。
ちょっとワイルドが過ぎる。
使い切りのジャムをパンに付け、再び噛みちぎる。その風貌は肉食獣そのものであり、女子中学生のそれではない。
パンが全て腹に収まった後、私はまた図書館に戻り読書に耽った。
本を読み終え、夕方に帰宅したところ、母親がこっそり私を肘で小突く。
「お父さん、悲しそうに帰ってきたよ」
意味がわからないが、どうやら父も図書館に来たらしい。
図書館に着くと、遠くのベンチで、大きなフランスパンを噛みちぎる子供が見えたらしい。
「昼ご飯がフランスパンだけとは、可哀想に」と眉をひそめたが、実の娘だったので、絶句したらしい。
いやいや、別に悪いことしてないし。
反論しても、父の悲しそうな顔を思い出すと、なんともバツが悪い。
敵わんなぁと思いながら、父に声をかける。
「今度からフランスパンは千切って食べるよ」
「そこではない」と、母に小突かれた。
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