小説 (仮)被災者になるということ~能登半島地震より 第32話

2月1日

朝はシンプルなミルクロールだった。
夫は昨日パンを買ってきているので、息子と私の分をもらった。

義母の誕生日のため、朝から電話をする。
プレゼントも渡せなくて、すみませんというと
家族みんなが怪我もなく、元気なのがなにより、と言った。
あまり元気がないようだった。
さっきの言葉は、むしろ自分にそう言い聞かせているのかもしれない。

朝はトイレが混んでいた。
みんな、仕事に行くようになって、同じような時間に込み合うようになったようだ。
夫も今日から仕事に出かけた。

朝は家のごみを出し、リビングなどを片付けた。
そうしていたら、夫が帰ってきた。
何かと思ったら、会社のインターネットが使えず仕事にならなかったので、家でするために戻ってきたといった。

在宅勤務をするために、地震が起きてからつないでいなかったインターネットを夫がつないでくれた。
私も一ヵ月ぶりにパソコンでメールを見る。
息子がやっている通信教育の会社から被災した地域向けのメールが来ていた。
1月18日の日付だった。
お見舞いの言葉と、教材をWEBサイトで公開しているという内容だった。
授業はコマ数が少なくて遅れるし、かといって教材をやっている余裕はないし、親が焦ってもしかたないのだが、ため息がでてしまう。

地震後初めてスーパーにいった。
スギヨのかまぼこを見つけたので買う。
スギヨも被災して、私の好きなちくわが製造できないという。
少しでも応援したい。
お惣菜が少しだけど並んでいた。断水の中で作るのは大変だろう。
ポテトサラダとあじのフライを買った。

昼はカップ麺とお惣菜を食べた。
地震後、一番のごちそうになった。

私は片付けのために会社にいき、夫は在宅勤務をした。
会社では一歳年上のTさんだけが来ていて、話しながら作業をした。
Tさんは家に住んでいて、Tさんの地区は山水(やまみず)と呼ばれる湧水があるということだった。
それで生活用水を賄っており、浄化槽があるのでトイレは使える。
田舎のほうがこんな状況に強い。
ただ、テレビはケーブルテレビが使えないので、BSを見ていると言っていた。
W市の山間部ではデジタル放送の電波の受信ができなくて、ケーブルテレビに加入している世帯が多い。
そのケーブルテレビの施設が壊れ、復旧の見通しが立っていないというのは聴いていた。
ケーブルテレビだけしか契約していない家は、復旧するまでずっと、テレビが見れないということだ。
私たちのように避難所にいれば、家のテレビを使うことはないが
テレビを見れない人がいるという事実が、少し怖かった。

また5時ごろに作業を終了し、家に帰った。
夫が仕事を終わるのを家で待つことになり、息子に晩御飯を取っておいてとメールした。
晩御飯を配るのはいつも5時半だ。
夫を待っている間、動画サイトで音楽を聴いた。
Ado『唱』、YOASOBI『勇者』、King Gnu『SPECIALZ』、羊文学『more than words』、崎山蒼志『燈』
地震前に見ていたアニメの曲が多くなった。
やっとゆっくり聞きたい曲が聴けて、本当に嬉しい。
タブレットで使えるイヤホンを買えばいいだけだが
避難所にいる今だけ必要なのだから、買う気になれないかった。
できれば早く避難所を出たかった。

避難所に戻ると、息子はどこかに行っていたが、ご飯は置いてあった。
八宝菜の鶏肉バージョンで、割とおいしかった。
昼にスーパーで買ったみかんも食べた。

夜の白湯をとりに行ったら、プールの先生と息子が話していた。
大きくなってわからなかった、と先生は言った。
おかげさまで大きくなりました、と私は言った。
声はでるようになったのだが、トーンが高くなると出ない。
低めの声で話す。

義母から電話があった。
帯状疱疹ができたので、駅のクリニックに行ってきたそうだ。
嫌な誕生日プレゼントになったわ、と言った。
免疫力が落ちているから乳酸菌飲料の1000を飲みなさいと言われたが
売っているところがないと答えた。
3つの店にいったことがあるが、どこにもない。
そもそも乳酸菌飲料でさえ品薄状態だ。
しかし、確かにもっと買い物にいって、食べ物に気をつけるべきなのだろう。

テレビの前にはいつも数人が集まっている。
そこにいって、茶色のトイプードルをさわらせてもらった。
おとなしくてかわいい。
地震があってから、人から離れようとしない、と飼い主のYさんは言った。
食欲も落ちているそうだ。
体育館には、ダックスフンドもいる。
こちらは地震があってからストレスのせいで、たくさん食べるようになってしまったそうだ。
犬もストレスを受けているのだと思うと、可愛そうだった。

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