君は今 ㉓
はじめて言うが、
私は漫画家になりたいと思っていた時期があった。だから、漫画や絵に多少詳しいのは当り前である。
漫画家の夢は早々に挫折したが、この国にはそういう人は大勢いるだろう。
私は、今も時々思い出す人がいる。
中学時代に親友だったT君。
H・T君だ。仲のいい友達は何人かいたが、本当に好きで(もちろん恋愛感情とは無関係)、心から尊敬していた同じ歳のT君。
彼は同じ歳ではあったが、全てにおいて私より勝っていた。
当時、『宇宙戦艦ヤマト』が爆発的にヒットし、空前のアニメブームが起こった。その勢いで『アニメージュ』『OUT』が創刊された。
この辺の話をすると長編になってしまうので簡単にまとめるが、
中学生の時、アニメ好きの同級生が集まって勝手にサークルを作った。その5人の中にT君と私が居た訳だ。
2人はそこで知り合ったのだが、あっという間に打ち解けた。
私は漫画やアニメが好きだった(しかしオタクではない、当時、東京にはオタクが居たかも知れないが、まだそんな言葉は市民権を得ていないか、存在していなかった)、その方面の知識なら、かなりなものだったし、作画もまあ上手かったと思う。
しかし、T君はもっと視野が広かった。彼は映画にも詳しく、当時は『スターウォーズ』が封切られたが、制作秘話や耳よりエピソードをどこかから仕入れて何でも知っていた。
SFだけじゃない、当時はブルース・リーの作品や、『エクソシスト』に代表されるオカルトや、『サウンド・オブ・ミュージック』のような名作映画にも詳しかった。淀川長治の本を何冊も読み、チャップリンの事にも詳しかった。
恥ずかしながら、私は漫画以外ほとんど何も知らなかったので、T君によって世界を広げてもらったと言ってよい。
T君は読書家で話題が豊富だったので、何時間でも話しつづける事が出来た。当時は携帯なんてないので私は彼の部屋にずっといたのだ。
『宇宙戦艦ヤマト』は凄まじい人気で、続編『さらば宇宙戦艦ヤマト』(1978年)が作られた。私達は仲間全員で観に行き、満足して映画館を後にしたが、
T君は特に何の感想も述べなかった。後に訊いたが、彼は『ヤマト』は1作目で十分だと思ったのだそうだ。
『ヤマト』よりも、『未来少年コナン』の方が何十倍も面白いと言っていた。『コナン』の面白さは私も認める、まったく異存はない。宮崎駿作品ではNo1だと今でも思っている。
T君は、ディズニーの『白雪姫』(1937年・日本初公開は58年)リマスター版が上映されるから観に行こうと私を誘ってくれた。
すごく嬉しかったし、その作品自体も大変優れていた。これぞディズニーの原点、不朽の名作、その素晴らしさに手塚治虫も藤子不二雄もモロ影響を受けている。
盛り上がった2人は更にディズニーの『ファンタジア』(1940年・日本初公開は1955年・これもリマスター版)を観に行く計画を立てた。私達の田舎では上映されないので何時間も列車に乗って観に行った…
これまたすごい作品だった(今でもこれを最高傑作だと言う人がいる)。旅費をかけて観に行く価値のある作品だった。『白雪姫』は3回、『ファンタジア』は2回観た。その頃は入替がなく、誤魔化せた。
いや、キリが無い、アニメの事と切り離した話しをしたとしても、T君との思い出、彼の秀でた才能、感性を讃えられるエピソードは尽きないくらいである。
しかし、かけがえのないT君との思い出は、意外な終焉をむかえるのである。
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