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創作童話 モヨイおばあちゃんの昔ばなし くんち小僧

モヨイおばあちゃんの昔ばなし くんち小僧


 長崎市にある西山高部水源地の下に住むモヨイおばあちゃんは、孫や近所の子ども達に昔ばなしを語り聞かせるのが大好きなおばあちゃんです。

 今日は5歳になる孫のたくみが一人でモヨイおばあちゃんの家に遊びに来ていました。裏山でたぬきやきつねに化かされた話や、中島川に河童が出てくる不思議な話など、たくみはいつもモヨイおばあちゃんがおもしろおかしく語って聞かせてくれる昔話が大好きで、ワクワクドキドキ胸を踊らせ聞いていました。

 さっそく今日もモヨイおばちゃんに昔ばなしをねだりました。

「ねえねえ、おばあちゃん、また昔ばなしばしてよ」

「そうねえ。今日は何の話ばすうかねえ」

「ええとねえ、くんちのお祭りの話がよか」

「ほう? たくみはくんちが好いとっとね?」

「うん!」

「子どもはだいでん祭り好きやもんねえ。うんうん、そんならくんち小僧の話ばすうかねえ」

「へえー、くんち小僧?」

 たくみの瞳が一瞬輝きました。

「そう。ほっほっほ。くんち小僧の話たい……」

 そう言って目をほそめたモヨイおばあちゃんは、ゆっくりとくんち小僧の話を語り始めたのです。

 あいは戦後間もなくの頃のことやった。

 戦争に負けた日本の人達は何とかもう一度元気ば取り戻そうとしよった。長崎も原爆の被害から必死になって立ち上がろうとしよったとよ。そいけん戦争で中止になっとった長崎くんちのお祭りも、戦後は市民挙げてそれは賑やかに復活したとさ。あん頃はお諏訪さんの長坂の下の踊り馬場では、踊町の出し物のまだ無料(ただ)で観られとった。そんけんくんちの前日(10月7日)と後日(10月9日)には、小さか子どもの手ば引いた家族連れも大勢見物に来よったとさ。

 ある年の前日の帰りがけのことたい。七つと五つになる兄と妹の兄妹が楽しそうにしゃべりながら歩きよったらしか。

「ケン兄ちゃんも見たね?」

「サチコも見たと? うん。おいも見た!」

「すごかったねえ」

「うん、すごかった!」

そん会話ば聞いて、兄妹の母親が「なんがそんげんすごかったと?」と尋ねたらしか。一緒に歩きよった父親は「龍踊りやろ? そいとも川船ね?」と聞いたとげな。

でも、幼い兄妹は顔ば見合わせてニヤニヤしてこう言うたとげな。

「うちとおんなじ子どもたい」

「そうたい。おいとおんなじ小さか男の子たい」

 そいば聞いて父親はこう言うたとげな。

「ああ、川船の子ども船頭さんのことね?」

幼い兄妹は今度もニヤニヤして言うたらしか。

「ちがう!」

 ケン兄ちゃんは「龍(じゃ)の玉や、頭や胴や、川船の屋根の上にも乗っとったもん」と自慢げに話しました。サチコちゃんも続けて「のっとたもん! ふわふわ空ば飛びよったとよ」と、嬉しそうに話したとげな。

 そん時の両親は訳のわからず、また兄妹で冗談でも言いいよるとやろぐらいにしか思うとらんやったと。そいばってん、よう耳ばすまして聞いてみれば、帰り道のあっちやこっちから「おいも見た!」「うちも見た!」という子ども達の嬉しそうにはしゃぐ声のいっぱいいっぱい聞こえてきたとげなさ。

「さて、たくみ。そん子ども達はいったい何ば見たとやろか?」

「くんち小僧!」

「そうそう。たくみはりこもんたい、ようわかったね。そいがくんち小僧たい」

「ねえねえ、くんち小僧て何ね?」

「知りたかね?」

「うん! 知りたか!」

「そんじゃ話の続きばすうかねえ……そん前にのどの乾いた。熱かお茶ば一杯の飲ませてくれんね。たくみはおやつにこんせんべいば食べてよかよ」

「うん食べる!」

「おお、今日も元気のよかねえ。ほっほっほ……」


 二人はしばらく休憩して、それからモヨイおばあちゃんの話の続きが始まりました。

 その幼か兄妹が見たとは、実は4、5歳くらいの男の子やったとさ。豆しぼりば頭に巻いて、白かシャツに祭りのハッピば着て、白か短パン姿やったとげな。そいに足には白か裸足タビばはいとったと。

 そん子は不思議かことに最初ふわりと空に浮かんで、空中であぐらばかいとったらしか。ところが、龍踊りの始まった途端、さっと空から舞い降りて来て、まるで悪戯でもするごと、玉の上に乗ったり、龍の頭で逆立ちばしたり、龍の胴体に乗って遊びよったとげな。そいから川船の出番になったら、屋根に上ってシャギリに合わせて楽しそうに踊り始めたらしか。男ん子はひらひら蝶々のごと軽業師のごと、次々に出てくる出し物の上に飛び移っては、舞い踊りながら、子ども達に向かって手ば大きく振って、ニコニコ笑っとったそうたい。

 そん男の子の噂は、お諏訪さんの踊り馬場で、くんち見物ばしよった小さか子ども達の口から市内の幼稚園や小学校に広まったらしか。そいばってん、不思議かことに、大人の目には男の子の姿は絶対に見えんやったとげな。でも、そん男の子のことは、やがて親になった子どもからまたそん子ども達へ、そん子ども達からまた孫達へと伝わって、いつん間にか子どもん時にだけ見らるる悪戯好きの「くんち小僧」と呼ばれるごとなったげな。おしまい。

 こうして「くんち小僧」の話を語り終えたモヨイおばあちゃんはたくみに尋ねました。

「どうやったね、今日の話は?」

「うん、おもしろかった! でも、くんち小僧はいったい誰やったとね?」

「さあ、そこたいね。誰もくんち小僧の正体は知らんやったとげな」

「へえー、不思議かねえ」

「そいけん、諏訪神社の神様が子どもに化けたとか、原爆で亡くなったくんち好きの子どもの霊とか、昔子ども船頭ばしよってから事故でなくなった子どもの霊とか、いろいろ噂はあったとばってん……」

「ふーん。そいでおばあちゃんもくんち小僧ば見たと?」

「そいはうちも子どもん頃に見たさ」

「どんげんやった?」

「うん。そんことは話しだせば長うなるけんまた今度にしゅうたい。たくみもくんち小僧にあいたかね?」

「うん、あいたか!」

「そうね。くんち小僧は、平成の世になってからぱったり出てこんごとなったらしかばってん……、たくみがりこもんにしとったら、もしかしたらあえるかもしれんね……」

 その瞬間、たくみの瞳はキラキラと輝きました。

「ぼく、おりこうさんにする!」

「ほう、そいはよか、そいはよか。ほっほっほ」

 孫の喜ぶ顔を眺めながら、モヨイおばあちゃんは何度何度もうなずいて、目を細めながら満足そうに笑いました。

おわり。



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