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落語の演目に出てくる「しっぽく」と長崎

落語の演目に出てくる「しっぽく」と長崎

古典落語には蕎麦(そば)やうどんの出て来る噺がたくさんあります。大坂の船場に旦那から番頭、手代、丁稚、女子衆まで芝居好きという商家があり、歌舞伎の名場面に見立てて一日を愉快に暮らしているというのが『蛸(たこ)芝居』という噺です。この噺の中に「しっぽく」が登場する場面があります。ここで言うしっぽくとは、『落語ことば辞典・江戸時代を読む』(榎本滋民著・京須偕充編 岩波書店)などによりますと、うどんや蕎麦のメニュー(別名「しっぽこ」とも言います)のことで、普通のかけうどんやかけ蕎麦ではなく、多彩な具をのせた高級うどんや蕎麦のことを指します。

現在、しっぽくうどんは、京都や香川県に多く残っています。

京都のしっぽくうどんは、椎茸、蒲鉾、ゆば、板麩、三葉などの具がうどんの上にのっているもの。大阪には「しっぽく」を出すお店が現在も残っていて、その店のしっぽくは芝海老、蒲鉾、麩、海草などの具が、うどんの上にのっている料理だということです。

香川県の讃岐には「しっぽくうどん」という冬の代表的な郷土料理があります。大根や人参や里芋などの野菜や豆腐、油揚げなどをだし汁とともに煮込み、それを茹でたうどんの上にかけた料理のことです。山形にも「すっぽこ(しっぽくの訛ったもの)うどん」という冬季限定メニューがあり、こちらはあんかけ出汁のうどんの上に赤海老、セリ、蒲鉾、鶏肉、椎茸、季節の野菜などがのっています。

「しっぽく蕎麦」はやはり関東中心で、有名な古典落語『時そば』には「しっぽこ」として登場します。噺の中で蕎麦屋の出すしっぽこは竹輪や麩が入っているようですが、現在東京で食べられるしっぽく蕎麦は蒲鉾、玉子焼き、鶏肉、三葉、ゆずの皮などが入っているそうです。

しかしながら、現在の長崎に残る元祖「卓袱(しっぽく)料理」はテーブルの上に大皿で出す料理のことで、うどんやそば料理とは別のものです。長崎で言う卓袱の意味は中国風の丸い朱色の食卓(テーブル)のこと。『広辞苑』(岩波書店)には「古く長崎地方から流行し始めた中華料理の日本化したもの。主として魚肉を用い、各種の器に料理を盛って卓袱の上に置き、各人取分けて食う。長崎料理」とあります。

長崎の伝統的な卓袱料理

『長崎県文化百選 事始め編』(長崎新聞社)などによりますと、長崎から伝わった卓袱料理は江戸時代には全国的に流行ったといいます。そのメニューの中に大皿に盛ったうどんもあったのでしょうか。この卓袱がやがて鳥獣魚類を材料とする料理を指すようになり、丸い食卓ではなく丸い器のうどんや蕎麦の上にいろんな種類の具材をのせたものが、次第にしっぽくと転訛していき、江戸や大坂でしっぽくと言えば、高級な具材がのったうどんや蕎麦となっていったのだと推測できるようです。

長崎から伝わったといわれるしっぽくうどんは、長崎の卓袱料理のメニューからは消滅していましたが、2012(平成24)年に地元の店(長崎卓袱浜勝)の創業50周年を記念して、新メニューとして登場し里帰りとなりました。

長崎発祥の「しっぽく」という言葉と料理の変遷を、古典落語の噺の中から知ることができるのも、なかなか興味深いことですね。


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