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here ここにある静かな奇跡

変わりゆく街を、じっとたたずむ森が見ているような視点から始まる。
建設中の建物から街を見下ろす青年の後ろ姿、吐き出されたタバコの煙が中空を彷徨う。

多様な人種と見られる労働者の人たちが、ひとつの言葉でコミニケーションし、笑い合う。

束の間の眠りに落ちる青年の黒く煤けた指先、膨らんだ背中の始まり、労働者の佇まいは美しいな、と自然に思う。

バカンスを前に冷蔵庫にある残り野菜で、たくさんのスープを作り、友人に配り歩く青年シュテファン。
訪れる先の友人ひとりひとりにある日常をゆっくりと映し出す。里帰りを前に、昔の記憶のことなんかをポツリポツリと話す。
温めたスープを川べりで分け合って食べる。
久しぶりに会う姉ともスープを分け合う。
疲れた、と漏らすシュテファン。故郷に帰って、もう戻らないかもしれない、と。

空っぽになり、コンセントを抜かれた冷蔵庫に、彼のゆるやかな心の動きが重なる。

目が覚めて夢と現のなかで語られる彼女のモノローグが始まる。揺れる光やカーテンに重なり詩的で心地よい。

そして雨のチャイニーズレストランで彼女に出会う。
いくつかの始まりの当たり障り無い会話。

2度目の出会いは森の中で。
植物学者で苔を研究している彼女のフィールドワークに、何となく連れ添い合い森の中を歩く。
苔は小さな森だと、彼女は言う。
ルーペで覗き込む初めて見る、いつも足元にある世界。
小さな森を束の間、共有し、手渡し合う。
言葉は相変わらず少ないけれど、清々しく美しい時間を共有しているのが画面越しに伝わってきて、幸福な気持ちになった。

それぞれの異国からやってきて、ここ、で出会う、そんな静かな不思議、日々に浸かった心をそっとささやかに癒すような森の時間が美しかった。

彼はまたこの街に戻るだろうか?
それはまだ分からない。けれど、彼女のために作られ、差入れられたスープ。
冷蔵庫はきっとまた空っぽでは無くなったんだろう。

雨の音の中、彼を思い出し、思わず、という感じで微笑んだ彼女は、彼の名前すら知らないことに気付く。
でもきっとまた出会う、ここで。
そんな幸せな予感を感じさせて映画は終わる。

心がしっとりと森の空気で潤ったような、そんな余韻を感じる良い映画だったな。
詩的な言葉選びや、丁寧に切り取られた映像。
好きな監督がまた増えました。

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