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ぼくのテディー

 お父さんの妹は三人いて、そのうちの長女のフーちゃんが、ぼくにテディーベアを買ってきてくれた。
 「おれに名前つけてよ」
 「うーんと、じゃあ、テディーくん」
 「……わかった。じゃあテディーくんでがまんする」
 そのテディーはぼくにだっこされるのがすきで、いつもべたべたぼくのお腹にくっついてくるんだけど、テディーのもこっとしたからだをだきしめると、とても安心したんだ。


  ぼくとテディーは窓辺でよくおはなしをする。窓の下にレンガでつくられた花だんがあって、いまは赤いポピーと、葉っぱのおもてがみどり色、うらが赤い色の黄色い花が咲いていて、朝、目がさめるとまず窓の下をのぞいてみる。朝の光をあつめて咲く花をみると、一日さわやかでいられる気がするのだと、テディーはいう。そしてそのままテディーは窓の縁によりそって、おしゃべりをするんだ。テディーはたくさんぼくに質問してくる。
 「きみのその前髪のセンスは、きみのおやじか?おふくろか?」
 「おやじ?おふくろって?」
 「お父さんとお母さんのことだよ、ぼうや」
 「…………お父さん」
 「ふーん」 
 「まゆ毛の上できってるから、おんまゆっていうんだって」
 「そして困ったまゆ毛でこままゆか」
 「ぼく、こままゆかぁ……」
 「そのやわらかそうなまゆ毛、おれはうらやましいよ。おれのデコにとってつけちゃいたいくらいさ!」
 「ありがと、テディーくん」
 「ちょっと太いけどな」
 テディーくんは口が悪いけど、わるぎはないんだ。

 あるひ、テディーが日課のさんぽから帰ってくると、鼻血をたらしていた。テディーは血をぺろっとなめて、けろっとした顔だった。
 「ちょっと、テディーくん、だいじょうぶなの?」
 「ん!大丈夫、大丈夫。今日は顔面だけ黒いろの白いねこをみたよ」
 「そっか…、平気ならいいんだけど……」 あいかわらずの調子だったので、ほっとくことにする。
  「そうだ!いまさっきおとなりのリカちゃんがあそびにきたんだよ。テディーくんもはやくあそぼうよ!」
 「そうあわてんなよ」 足を玄関のあしふきマットでふきふきしながら、
 「おれがいないと淋しいっていうのはよーくわかるけどなー…………リカちゃんってだれ?」
 リカちゃんに会わせるのはそういえばはじめてだった。ついでにリカちゃんも自分のくまをもってきていた。
 「あら、かわいいくまちゃん。かってもらったの?」 テディーはリカちゃんにあたまをなでられて、緊張しているようだった。いつもはなりふりかまわずしゃべりたてるくせにー。
 「ごめんね、テディーくんひとみしりみたい」


 リカちゃんと向かい合ってすわってお茶会ごっこをはじめたけど、リカちゃんのつれてきたくまをみて、ぼくのテディーはそれはもうおっかなびっくりして、ぼくのうでの中でこきざみにふるえたんだ。つられてぼくもブルブルふるえちゃって、片手で持ったティーカップがカチャカチャしてうまく持てなかったよ。鼻がやけに固そうで、手も足も長いからちょっとびっくりしただけだって。いつか本物のくまを見た日にはいったいテディーはどうなってしまうのだろう。

 テディーが紅茶がはいったカップをあやまってこぼしてしまったので、お茶会はおひらきになって、アイスをたべて休憩したあと、リカちゃんがおもちゃのピアノをひいてくれた。「森のくまさん」をぼくとテディーが先にうたって、リカちゃんとリカちゃんのくまがあとからおいかけてうたう。はじめてこの歌をうたったテディーくんは、すっかり気に入ったみたいで、「スタコラサッサッサーノーサー」をずっと口ずさんでいた。(そこしかおぼえられなかったみたい)
 「そろそろかえろうかなー」とリカちゃんは自分のパステルピンクのちいさなエナメルカバンをごそごそしはじめた。「うん、またあそびにきてね」「おじゃましましたー」リカちゃんのくまはからだの半分だけカバンからとびだして、長い手をブラブラふってくれた。玄関までリカちゃんをみおくり、部屋の中へもどると、そこにまた鼻血をだしたテディーがつったっていた。
 「あれ…!また鼻血だよ、テディーくん!」
 「……きにするな」
 ぺろっとまた鼻をなめて、ぺたっとすわりこんだ。


 テディーは恋をしたみたいだった。ひとめぼれ。どうやら、リカちゃんのパステルピンクのあのカバンについていた、おやゆびほどの小さなくまのブローチに。

 リカちゃんがぼくの家にあそびに来る数十分まえ、テディーがさんぽに行こうと玄関をでたその時、パステルピンクのカバンを持ったリカちゃんとちょうど入れ違いになったらしい。鼻血をだしながら町内をぐるりとして家に帰ってきた。そして、運命の再会。(とテディーは語った)
 あれからテディーはそのブローチくまの話ばかりしている。あのちいさなかんじが守ってあげたくなるんだ、とか、まつげが一本だけちょんとついているところがプリティーだ、とか。寝顔がビューティーホーだとか。(リカちゃんがあそびにきていたあいだ、ブローチくまはずっと眠っていた)
 「……なあぼうや、もし、ぼうやがあのブローチくまちゃんをくださいってリカちゃんにおねがいしたら、リカちゃんはくれるかな?」
 「うーん。リカちゃんもたいせつにしてるから、ムリじゃないかなぁ……」
 「だよなー。はぁー。一度だけでいいから話がしたい……」
 はっぱをくわえてテディーはいつまでも窓辺でたそがれていた。次の日は「おれのものにしたーいーおれのものにしたーいー」と森のくまさんのあのリズムで口ずさむようになった。恋わずらいはうっとうしい。すきですきでたまらないんだーとさけぶので、ぼくは仕方なくリカちゃんにわけを話して、ブローチくまちゃんを一日だけかしてくれないかとたのみに行った。しぶしぶ、一日だけならいいよ、とリカちゃんはカバンごとかしてくれた。そして、小さなほにゅうびんのおもちゃもカバンに入れて、一日三回、のませてあげて。と念をおした。

 ぼくの家に帰ってみると、テディーは照れた様子でもじもじソファーの影にかくれていた。
 「ねぇ、テディーくん。ブローチくまちゃんつれてきたんだけどさ……。でもね…」

 うぎゃあぁぁぁぁぁ!

 とつじょ、家中に響く声でブローチくまちゃんは泣きだしたので、ぼくはあたふたとカバンの中からほにゅうびんのおもちゃをとりだし、ミルクを飲ませてあげた。おなかがミルクで満たされると満足、といった顔でブローチくまちゃんはすやすやとやすらかに、昼寝をした。
 「テディーくん…………」
 「なにもいわないでくれ、ぼうや……。傷はまだ浅い」
 そのあともぼくはつきっきりで、ママがいないいない、と泣くブローチくまちゃんをあやして、また夜にミルク、夜中の2時に夜泣きをしたのでさらにミルクをあげるはめになった。
 翌朝、ぼくはボロボロになってブローチくまちゃんをリカちゃんに返したのだった。「このこ、まだ三ヶ月なのよ、恋なんてはやすぎるわ」リカちゃんに言いすてられたような心持で、ぼくはリカちゃんの家をあとにした。

 テディーはというと、いつもの窓辺でぼくたちの様子を見守っていた。
 「そういうことは一番はじめにいってくれりゃあいいのに」 ぼくは窓辺でよくテディーのグチもきく。
 「おれが好きじゃない奴が、おれのこと好きって言ってくるんだよ。世の中リフジンだよなあ」
 「それってだれのこと?」
 「このまえ話したさんぽですれちがった、顔面黒いろの白ねこさ」
 「うふふ、もてもてだ、テディーくん」
 「ぼうや、おれたちの存在はな、かまってくれるやつがひとりいてくれたら、いいんだよ。……きのう、わかったことだけどさ」
 「ねぇ、それってぼく?」
 「うれしいだろー?」

 テディーはぼくのお腹にくっついてきたので、そのもこもこをぎゅうとだきしめてあげた。

©️2016 Mari Seki


©️2023 Mari Seki

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