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1-4.前例がないからこそやる。

1-4.前例がないからこそやる。
  アサヒビール会長 樋口廣太郎 

 アサヒビールは、もともと圧倒的なシェアを誇っていた大日本麦酒が過度経済集中排除法によって昭和24年に分割されて、サッポロビールとともに誕生した会社である。

 分割時に35パーセントを占めていた同社のシェアは、独立後は止めどもなく落ち続けて、昭和60年にはついに10パーセントを割っている。昭和50年代にはあまりの低落ぶりに、
「タイガースとアサヒビールは大阪の恥や」
と浪花っ子たちからさえ言われるまでになっていた。そんな状況で、改革を目指した村井 勉のあとを受けて社長になった樋口廣太郎が放った一発逆転のホームランが、CIを含めたコク・キレを追求した生ビールの投入と、スーパードライの開発である。

 この一連の活動で、アサヒビールは長い低迷から不死鳥のごとく甦ったのであるが、最大のポイントとなったのは、コク・キレ投入時の旧商品回収作戦である。

 当時ビール業界では、新商品の投入時は、店頭に新商品と旧商品が並ぶのが常識であった。両方の商品を並行して販売し、旧商品は自然に消滅させてゆくというのが一般的である。

 しかし、樋口はこれをどうしても認めることができなかった。

「新商品を発売して飲んでくださいと言っておきながら、店頭では古いビールを勧めるというやり方は、常識的にみても間違っている。メーカーの原点から言えば、自殺行為としか言いようがない」というわけである。

 そして樋口は、旧ラベル品の全回収に乗り出した。
・前例がない、
・イメージダウンになる、
・販売したものを買い取る資金的な余裕はない、
・ビールはすでに出荷時に酒税がかけられているから買い戻しは問題がある
・・・といった社内の猛反対を押し切っての行動であった。

 案の定、回収費用は予算を大幅に上回った。しかし、その年、10パーセントを割り込んでいたアサヒビールの年間シェアは10.4パーセントにまで回復した。何よりも、敗戦しか知らなかったアサヒマンに、勝つ味を覚えさせ、やる気を喚起させた効果は絶大だった。これが、次のスーパードライを生み出すバネになるのである。

 そしてさらに、スーパードライの開発に当たっても、辛口のビールなんて前例がないという声に対して、
「前例がないからこそやる」
とゴーを出して大成功に導く。

 商品回収の効果は、消費者に対するサービスとしても小さくない。
 というのは、

「古いビールを市場から引き取ると『損切り』になるが、市場では当社のビールが一番新しくなる」(樋口廣太郎)

 

からである。

 前例がないことをやるというのは、成功してきた人間に多い行動パターンである。

 ワコール会長の塚本幸一にとって成功の一つのきっかけになったのは、下着ショーである。
昭和28年、当時、和江商事の塚本は大阪の阪急デパートで、日本で初めての「下着ショー」を開催する。婦人の下着など話題にするのもつつしむべきとされた風潮を残念に思っていた塚本が、突破口として試みたのがこの催しであった。

 ショーは男子禁制であったが、参加者は毎回300人を超える盛況で、これがきっかけで全国の百貨店が次々と同社に下着ショーの開催を希望してきた。これによって塚本は日本全国の百貨店突破作戦に成功する。

 この時のショーのモデル嬢の中からミス・ユニバースとなった伊東絹子や女優団令子なども誕生した。単に一企業の催しを超えて、日本の新しい文化を作る時代のエポックとなったのである。
前例のない試みにはそうした可能性が秘められているものである。

 オンワード樫山のデパートに対する「委託販売」も、前例のない試みで成功したケースだ。買い取り販売が常識であった戦後に、経営者・樫山が打った手は、売れ残った分は引き取るという、それまでになかった新しい販売システムであった。これだと、デパート側は売れた分について仕入れ代金を支払い、売れ残りは返品すればいい。また、オンワード側にとってはデパートの店頭に製品を置いてもらえる。どちらにもメリットのある方法であった。

 もっとも現在はこの百貨店がリスクを取らない委託販売制度が百貨店のマーチャンダイジング機能を低下させた元凶とされているが、そろそろ新しい仕組みにしてもよい時期にきていたということであろう。

 同じように、「前例がないことを恐れるな」と声を大にしているのは三菱商事相談役・元会長 三村庸平である。

「三菱商事は昭和22年にGHQから解散を命じられたその時点からまったく新しい事を手がけて、すべて前例のないことをやってきた。若い社員に、前例がないことを恐れるなと言いたい」(三村庸平)

 三菱商事に限らずどの企業も、大なり小なり前例のないことを手がけて事業を発展させてきたという歴史があるはずだ。だから、改革ということの難しさは今に始まったことではない。ネックは、若手よりもむしろリスクを恐れる管理職にあるのかもしれない。


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