042.融合するカン・コツとマニュアル

 日本のものづくり現場の強さの秘訣は、野沢定長がこだわったように、論理的な正しさを越えて、しっくりこないといった感覚を大事にする中から、目からうろこのような改善案が生み出されていることにあると、私は本気で思っています。
 それが匠の技、高度技能というものに含まれるカンやコツの一部でもあると思います。このあたりの感覚は、おおかたの日本人は「まあ、そんな考えもあるかな」と納得しても、外国人には、理解してもらえないかもしれません。
 日本人の合理主義とは、単に論理だけのものではなく、感性をも併せ呑んでしまうような奥の深いものがあります。ところが、ある時期から、こうした矛盾をも包含しながら自在に遊ぶような特有の感覚を、私たちは、「非合理」と称して排斥しようとしてきました。

 技術者たちはよく、カン・コツと言います。
 ベテラン職人が、マニュアルの旋盤などを使って、設備の仕様では考えられない微細な精度で加工を仕上げる姿は、長いこと現場の華でした。工夫と知恵で「すっぽん」と呼ばれる五角形の嵌め合わせ加工(嵌め合わせて抜くときに、「ポン」と音がするのですっぽんと呼ばれる)を見事に仕上げたときなど、まさに神業とたたえられたものでした。

 しかしながら、コンピュータが現場にも入り、先端技術を応用した設備がものづくりの現場に入ってくるようになると、そうしたベテラン職人にしかできない高度な技は、数値化できない暗黙知、汎用性のない技として、否定されるようになっていきました。

 ある時期、技能伝承が危機と言われ、技術・技能はマニュアル化、数値化し、カンやコツを暗黙知から形式知化しなければならないと言われ、工場では高度技能の数値化、マニュアル化がすすめられました。
 ほとんどの現場で、熟練工のカンやコツの数値化がすすめられましたが、結局、いくら数値化しても、それは使い物になりませんでした。暗黙知を形式知化すると、複数のパラメータが複雑に絡んでいることが分かり、最後の判断には長い間に蓄えた経験値が不可欠で、ほとんど実用上、使い物にならなかったからです。


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