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063 好奇心と技のスパイラルが生むからくり

それにしても、こうした緻密な工夫と技はどうやって生まれたのでしょうか?
ずいぶん前のことですが、名古屋・御器所の伝統的なからくり人形師八代目玉屋升兵衛さんのアトリエをお尋ねしたことがあります。玉屋升兵衛さんは、初代からくり師萬屋仁兵衛の流れをくむ八代目です。
現在は代が変わって九代目が継がれていますが、八代目玉屋升兵衛さんは、寛政8年(1796年)に土佐藩の細川半蔵が書かれた『機巧図彙(からくりずい』(⑦『からくり』(立川昭二 ものと人間の文化史 法政大学出版局)の中の、茶運び人形など、いくつかを復元しているほか、祇園祭りの山鉾で長い間動かずにあった「蟷螂山(とうろうやま)」のからくりを復活させています。
復元した茶運び人形の機構などを詳しく拝見させていただき、からくり人形に施されている工夫についてお話を伺いました。和時計はこのからくりの技術を活かして作られたといわれています。その意味では時計もからくりの一つです。
『機巧図彙』に収録されているのは、
・首巻=掛時計・櫓時計・枕時計・尺時計、
・上巻=茶運人形・五段返・連理返、
・下巻=竜門滝・鼓笛児童・揺盃・闘鶏・魚釣人形・品玉人形
などですが、木材と麻ヒモ、動力源のぜんまいにクジラのひげなどを使って動力を伝え、精度の高い動きを生み出す工夫は見事で、動作のスムーズさは、見る人を驚かせます。
茶運人形は、前に伸ばした腕をスイッチに使い、掌にお茶を置くと客に向かって動き出し、客の前で停止。客がお茶を手に取って飲み、茶碗を戻すとくるっとまわって元の位置に戻る……というものです。
この人形も見た人を驚かせますが、なによりも見た人を驚かせるのは、五段返(ごだんがえり)(図6-7)です。

図6-7 五段返(人形がバク転をしながら、5段のステップを次々に下りてゆく。


(『からくり』立川昭二、(「機巧図彙」細川半蔵著より)、法政大学出版局)


独立して五段に配置されたステップを、人形がバク転しながら上段から下段へと降りてくるもので、なんの支えもない人形がくるくると回りながら台の上を一人で降りてくる仕掛けに、見た人々は、どぎもを抜かれたのではないかと思います。ロボットを知っている現代人でさえ、そんなことを、マイコンを使わずに機構の仕掛けだけでさせようとはなかなか思いつきません。

 
細工の緻密さにも驚きますが、なによりも、おもりに水銀を使い、ガラス管の中の水銀を体の傾斜で移動させ、体をバク転させる工夫は、斬新です。喜んで見る庶民がいて、からくりの工夫も生まれます。
つくり方に強い関心を持つ好奇心旺盛な庶民が、こうしたからくりをまのあたりにして、仕掛けがどうなっているのか、いぶかしがりながら口角泡を飛ばして推論し合う姿が目に浮かぶようです。水銀の存在そのものが一般にあまり知られていませんから、このからくり人形が庶民をあっと言わせ、催し物は人気を博しただろうことは、想像に難くありません。

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