見出し画像

序010.駅員に武士を採用し、横浜-品川で仮営業

 ≪2.生糸貿易と鉄道の開通004≫
 新橋-横浜間の鉄道の開通は明治5年10月14日(旧暦9月12日)と紹介しましたが、実はその少し前、明治5(1872)年6月12日(旧暦5月7日)に鉄道は開通しています。品川-新橋の工事が間に合わなかったために、一足早く開通した横浜-品川間で仮営業を始めたのです。
 桜木町駅前にある「鉄道創業の地 記念碑」によれば、品川-横浜間で、開通した当初は、1日2往復の直通運転で、
 
・横浜発8字→品川着8字35分  
・品川発9字→横浜着9字35分
・横浜発 午後4字→品川着4字35分
・品川発午後5字→横浜着5字35分
で運転されました。

鉄道創業の地記念碑に記された時刻表・料金表。読んでみると、時間の「時」に、
「字」がつかわれていますが、これは当時のまま。時代背景を感じさせてなかなか面白い。

横浜-品川の所要時間は35分。運転手や運行管理はイギリス人頼りでのスタートでした。そして、6月5日、神奈川、川崎駅が出来上がり、陸蒸気は両駅にも停車するようになりました。新橋が完成して本営業をしてからは、すべて各駅停車で、横浜-新橋の所要時間が53分、本数が増えて1日9往復の運転でした。
 
 敷設されたレールは単線で1組2本。I型のレールで、上下が同じ形をした双頭レールでした。
 横浜毎日新聞は走る姿を、「あたかも空天を翔るに似たり」と報道したそうです。
 理系の人間の悪い癖ですが、どうしても、どのくらいの時速で走ったのか?と気になってしまいます。桜木町-品川間の距離は24.0kmで、それを35分で走っていますから時速にするとおよそ時速41km。新橋が開通してからは桜木町-新橋28.9kmを53分で走っていますから、途中、神奈川・川崎・品川の停車時間を各5分弱、計13分として、およそ27kmを 40分で走り、時速43kmほどと考えていいでしょう。
 JRAのダービーで走る馬は2,400メートルをおよそ時速60kmで走り抜けますが、日本の木曽駒などは、せいぜい時速20-30kmです。長距離を時速40kmで疲れも見せずに走り続ける陸(おか)蒸気に乗客のみならず見物客も目を丸くしただろうことは、想像に難くありません。
鉄道を陸(おか)蒸気と呼んだのは、当時蒸気機関と言えば船で、それが陸上を走るので陸(おか)蒸気と呼んだわけですね。
 
 ■横浜-新橋の運賃は1万5千円?
 ちなみに、横浜-品川間の切手代(運賃)は当初は、
  ・上等車:1円50銭  ・中等車:1円  ・下等車:50銭
でしたが、定期運転するようになって、
  ・上等車:1円12銭5厘  ・中等車:75銭  ・下等車:37銭5厘
に値下げされたようです。
 庶民は、「たんす・ながもち質屋に入れて、乗ってみたいな陸蒸気」とうたったといわれますが、米一升(≒1.5kg)が6-7.5銭の時代ですから、上等車はおよそ米20kgほどの価格で、現在に換算すると上等車4万5千円、中等車3万円。下等車1万5千円というところでしょうか。
この頃の金銭感覚は、ほとんどの人が仕事をして最低賃金が時給千円などという現代の状況からは想像できないくらい、金銭を持つことが貴重だった時代ですから、想像以上に浮世離れした乗り物。庶民にとっては、さしずめリンカーンコンチネンタルのリムジンタクシーに乗るに似た、あこがれの乗り物で、高級役人や外人、商人以外にはなかなか乗れなかったので、「たんす・ながもち…」云々のような唄もうたわれたのでしょう。
 
 ■「乗車せむと欲するものは・・・」
 桜木町の駅近くに「鉄道創業の地 記念碑」がたてられていて、そこには当時の時刻表なども紹介されていますが、面白いのは、乗車案内です。
 
 「乗車せむと欲するものは・・・十五分前までにステイションに来り切手買入れ・・・」
 
と要求しながら、
 
 「但し発車並びに着車とも必ず時刻を違わさるやうには請合かね・・・」
 
と、時間を正確に守って運行できるかどうかは請け合わない・・・と突き放しています。

鉄道創業の地記念碑の乗車案内。武士の商法そのまま、「べし」「乗せてやる」感が満載。


 
 いかにも上から目線。当時の官僚の威張る様子がうかがえます。
 こういう表現になるにあたっては、じつはある事情があるのです。
 
時代は、明治5年、江戸時代が終わってまだ間がありません。大政奉還・廃藩置県で職を失った武士の生計をどうするか、その問題を解決していなかったのです。秩禄処分と言いますが、藩がなくなり主を失った侍をどう食べさせていくかは明治政府の最大の課題でしたから、新しく始まった鉄道の従業員に、これ幸いと優先的に士族出身者を採用したのでした。
なので、どうしてもサービス精神皆無の武士の商法になりがちです。「べし」連発のこの告知の文にその“上から目線”が表れていて、「載せてやる」「いうことを聞け」感が満載です。
 4歳以下の子供は無料、12歳までは半額で、これはイギリスのやり方をそのまま入れたもののようです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?