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恐るべし――飛鳥の仏師の知恵

              (薬師如来像が設置されている薬師寺金堂)

近くのものは大きく見え、遠くにあるものは小さく見えるというのは遠近法です。この遠近法がいつ頃から日本で使われ出したのか、明確には分からないようです。
江戸時代までの日本の美術は遠近法や光と影を無視すると言われていて、ペリーの遠征記にも、日本の絵画の中に、遠近法を使ったものがあることを発見して驚いたという一節があります。遠近法は近代科学の産物と考えられていて、後進国日本で近代科学の成果が使われていることが新鮮な発見だったのですね。
欧米人にとっては、それまで知っていた日本の絵画といえば平面画の浮世絵ですから、驚いたというのは無理もないかもしれません。
 
遠近法でよく話題になるのが竜安寺の石庭です。
竜安寺は1450年に創建された臨済宗妙心寺派の禅苑の名刹です。
枯山水の庭が特によく知られていますが、その庭は、幅25m×奥行10mでおよそ80坪ほどの広さです。現代で言えば、小さな25mプールくらいのサイズで、小さな家2軒分の大きさしかありません。
 しかし、訪れた観光客は、もっと広く見えると言います。奥行きが大きい印象があるのですね。
大きく見える秘密は、庭を囲む油土塀と石の配置にあります。塀は庭の奥に行くほど高さが低くなっていて、高低差は最大50センチ、石庭に配置された石は近いほど大きな石浜が置かれ、遠くなると小さな石が置かれています。
手前が高く(大きく)、奥が低く(小さく)なっているために、方丈から眺めると、遠近法のトリックで庭が実際より広く見えるように設計されているそうです。
 
昭和の仏師・松久朋琳師が、薬師寺の薬師如来を実測させてもらったときに、なんと、組んだ足が小さく作られていることを発見して驚いたそうです。
高さが2.5メートルほどの薬師如来を拝観する場合、ふつうは前に正座して下から見上げることになります。その際にバランスよく見えるようにするために、あえて結跏趺坐している足を小さく作ったのではないかと書いています。
 
絵を描写する際に、遠近法で描くのはありうることですが、人が見たときの視点で、わざわざ遠近法を想定して、正しく見えるように工夫する、いわば遠近法を逆手に取った応用です。かなり高度な技と言えるでしょう。
竜安寺のできた1450年頃にはわかるとして薬師寺ができた700年頃に、仏師は遠近法を理屈ではなく直感的に感じていたのかもしれません。それが実践で活用されていたとは、驚きでもあります。
画像は、再建された薬師如来像が設置されている薬師寺金堂です。
1300年前の仏師の知恵――恐るべしです。

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