【師弟読書会】中島敦の『李陵・山月記』を通じて -086

導入

弟子:本はすごいものだ。過去の思想や教えに触れさせ、成長を手助けしてくれ、本があるから、師匠や大師匠との対話ができると思っている。今日は、中島敦『李陵・山月記』に収められた4編から語りあえる。楽しみだ。

『山月記』:自尊心と恐れに生きる姿

弟子:「『山月記』を読んで、李徴の努力が報われない姿が印象に残りました。才能がありながらも、彼は名声を手に入れられず、最終的には虎に変わってしまう。虎になるとは、人間ではなくなる寂しさを記しているんですよね。」

師匠:「確かにそう見えるが、李徴の問題は自尊心の高さとそれに伴う恐れではないかな。自分の才能に対して過剰な期待を持ち、失敗を恐れて行動に踏み出せなかったんだ。名声を得られなかったのは、その恐れが原因だ私は思っている。ありのままの姿を見せ、だめならだめでいいではない、失敗を恐れず、飛びこめ、と言いたいが、当の本人になると難しいのじゃろうな」

大師匠:「李徴は他人の評価を気にしすぎているのであろうな。それが結果的に自分を追い詰めてしまった。これは、人間の内面の葛藤を描いた作品だ。そういう気持ちは分かるだろう。人からよく見られたい、人から自分は才能がないと見られたくない。どちらも自分なのにな。そういう環境には誰でも置かれる。その環境にあって、自分をどうコントロールするかが大切だと教えてくれる。次の李徴の言葉では、それを反省しているようにも見えるが、実際にそれを乗り越えるのは、難しいのではないかな。」

今思えば、全く、己は、己のもっていた僅かばかりの才能を空費して了った訳だ。人生は何事をも為さぬには余りに長いが、何事かを為すには余りに短いなどと口先ばかりの警句を弄しながら、、事実は、才能の不足を暴露するかも知れないとの卑怯な危惧と、刻苦を厭う怠惰とが己の凡てだったのだ。己よりも遥かに乏しい才能でありながら、それを専一に磨いたがために、堂々たる詩家となった者が幾らでもいるのだ。虎と成り果てた今、己は漸くそれに気が付いた。

中島敦 『李陵・山月記』

『名人伝』:技術を極めた先の境地

弟子:「『名人伝』を読んで、ギラギラしていた主人公の紀昌が最終的には穏やかな境地に至る姿が印象的でした。ものを極めるって、そういう側面があるんでしょうか?」

師匠:「そうだ。物事を極める過程で、欲望や外部の評価に対する執着が削ぎ落とされ、最終的には内面的な充足にたどり着く。これが本当の『名人』の姿だ。」

大師匠:「何かを極める者は、最後には静かな安らぎに至る。それは外の世界に対する執着を手放し、内なる満足感を得るからだ。欲望や名声に惑わされず、物事の本質に気づくことが、名人の境地と言える。」

弟子:「弓を忘れた『名人』は、弓は使えるのでしょうか?」

「ああ、夫子が、—古今無双の射の名人たる夫子が、弓を忘れ果てられたとや?ああ、弓という名も、その使い途も!」

中島敦 『李陵・山月記』

師匠:「弓の名人が、最終的に「弓を忘れる」という境地に至る。これは弓を使えなくなるという意味ではないと考えている。むしろ、これは極限まで技術を極めた結果、意識的に技を行う必要がなくなり、自然にその技を発揮できる状態を指しているのであろう。言い換えれば、弓を手に取らなくても、その技術は体に染み込んでおり、無意識にできるということではないか。車の運転といっしょで、そこまで意識しなくても、ふつうに運転できているじゃろう。呼吸をするようなもの、になっているのではないか。」

大師匠:「この境地は、禅の考え方や武道の「無心」の状態に通じるな。技術が完璧になると、技術そのものを意識しなくても、自然にその技が体現される。つまり、名人は弓を『忘れて』いても、その技は身に備わっているため、使おうと思えば弓を自在に扱うことができるのだ。名人は『弓を忘れる』ことで一段高い境地に達し、むしろより自然で完璧な形で弓を扱えると言える。弓を射るのに、弓すらいらぬのかもな。わしにも判らぬ。が、それが名人だと思う。そこを目指してみるのはどうだろうかな。」

弟子:「なるほど、となると、弓を忘れていても、いざ、弓を使わざるを得ない状況になれば自然に使えるんですね。」

師匠:「私が思っているのとは別の使い方をするのじゃろう。このところは、いろいろと考えたいところじゃのう。」

『弟子』:師匠との向き合い方

弟子:「『弟子』では、師匠の良い面だけでなく、悪い面も含めてどう向き合うかを考えさせてくれました。師匠に対する盲目的な崇拝は一つの点では良いとして、良いところもある、悪いところもある、それを踏まえて、わたしならどうするのだろう、ということを問われている気がしてきました。これが、この本から自分で何を学び取るかを問われている気がしてきます。」

師匠:「その通りだ。尊敬する者に対しても、すべてを受け入れるのではなく、何を自分の糧とするかを考えることが重要だ。『弟子』では、弟子が師匠の良し悪しを見極め、最終的に成長していく姿が描かれている。」

大師匠:「学ぶ側の姿勢もまた、成長の鍵となる。師匠の教えを自らの血肉とするためには、しっかりとした選択が必要だ。そして、次の言葉じゃな。自分は自分がいいことばかりしていないと知っている。しかし、周りの人には、いいことしかしていないと見せようとしている。それは、自分ではなく他人も同じではないのか。そのようなことを、自分のなかで、発酵させようとしているのであろう。」

褒められて子路は変な気がした。親孝行どころか、嘘ばかりついているような気がして仕方がないからである。

中島敦 『李陵・山月記』

『李陵』:葛藤と変わりゆく人間の姿

弟子:「『李陵』では、李陵が国に忠誠を誓いながらも、異国で葛藤する姿が印象的でした。人と人が理解し合うには時間がかかり、国への思いと恨みが複雑に絡み合っている…。」

師匠:「李陵は、忠誠心と個人の葛藤の間で苦しみ、異国で孤独に生きる道を選んだ。彼の苦悩は、人間が時や状況によって変わること、そして人間関係の難しさを象徴している。中には、司馬遷の話もある。李陵のせいで、罪をかぶせられる。それでも自分の仕事を成し遂げているシーンは、考えさせられるな。」

大師匠:「人間は変わるものだ。時間とともに価値観や状況が変わる中で、どう自分を見つめ、選択をするかが問われる。しかし、囚われても国のことを考え続ける蘇武と自分を対比して、自分の生き方はどうだったのか、変わったことはどうなのかと悩む姿。私はいつも、人と比べる必要はないと言っておるが、いざ、自分にそのような状況がふりかかると、そんなことは言えるのか、自分に問うてみたいものだ。
 『李陵』は、人間にかかってくる様々な環境による変化、そしてそれによる葛藤を描いた作品だ。最後のほうにある、次の言葉が、それを告げているんじゃろうな。」

見ていないようでいて、やっぱり天は見ている。彼は粛然として懼れた。

中島敦 『李陵・山月記』

本と向き合う意義


弟子:「師匠、大師匠と読書会を通じて感じたのは、どの作品も人間の本質や葛藤を描いているということですね。本を読むことで、師匠や大師匠から学びを得ることができました。」

師匠:「そうだ。本から、知識を得るだけではなく、自分を見つめ直す鏡となるのだ。お前は人間の弱さや成長を学べたのではないかな。」

大師匠:「本を通じて、我々は過去の知恵や思想に触れることができる。しかし、それをどう自らの血肉とするかはお前次第だ。本は常にお前を導いてくれるが、その教えを受け取るかどうかは自分で決めなければならない。」

弟子:「この本をもとに、友と読書会をしようと考えているんです。」

師匠:「そうか、本を通じて、友人と共に考えることで、新しい視点を得ることができる。だが、ただ読むだけでは足りない。何を得たのかを語り合い、深く考えることこそ、真の学びだ。読書会にあたっては、作品をしっかり読み込むことが必要だ。中島敦の作品は一見、難解に思える部分もあるが、その中には深い教訓が隠されている。お前たちが感じたことや、心に残った箇所を友人と共有することで、さらにその教訓が明確になる。」

大師匠:「読書会は、自分の知識を他人と共有し、相手の意見を聞く場でもある。知恵を深める機会として使うべきだ。本を読んだ後の対話が、お前をさらに成長させるのだ。作品ごとにテーマを設けると良いだろう。例えば『山月記』では、自尊心と恐れについて。『李陵』では、忠誠と葛藤。『名人伝』では、技術を極めること、いろいろ話したいことはあるな。」

弟子:「質問形式で話し合いを活性化することも大切ですね。例えば、『李徴はなぜ虎になったのか?』や『名人が弓を忘れた意味は?』といった疑問を投げかけることで、対話が生まれると思います。」

大師匠:「自分自身と作品を関連付けて考えることも必要だ。李徴の自尊心や名声への執着について、自分の人生に当てはめて考えてみると良い。何を恐れているのか、どのようなプレッシャーに直面しているのかを、話し合いの中で見つけ出せるかもしれない。」

師匠:「読書はただ知識を得るためのものではない。自分自身を見つめ直し、どう成長するかを考えるためのものとして、読書会を通じて深い学びを得てほしい。」

大師匠:「読書会の締めくくりには、ポジティブな教訓で締めくくるのが良いぞ。『この作品を通じて、何を学んだのか?』を語り合うことも必要ではないかな。」

弟子:「ありがとうございます。友人との読書会で、学びを深めていきます。また、次の機会に教えをいただきたいと思います。」

師匠:「うむ、読書会が終わったらまた報告しに来い。それを基に、又話し合おう。楽しみだな。」


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