アマルティアエイジス 眠りし力の戦い 6話「真実との戦闘(たたかい)」

ガイアのティターン(種族)が暮らす、都市パルテノス。
 
オケアノス(海を司るティターン)のアマルティアを纏(まと)ったネーレウスによって、破壊された長(おさ)であるレアの謁見(えっけん)室。
 
そこは、石造りの建物と設けられた窓ガラス。
それらが、瓦礫(がれき)と化した光景が広がっていた。
遮る物が無くなったその場所に、太陽の光が降り注いでいた。
 
そこに、傷だらけで立つことが難しい、それぞれのアマルティアを左腕に身に付けた司珪とエウリュ。
それを、赤い絨毯(じゅうたん)が敷かれた階段上の玉座前で見つめているガイアの長。
充 彩華(みちる あやか)の記憶が戻ったレア。
 
その周りには、執事長のゼウスと目付け役のディアが同じ光景を見ていた。
そこに、負傷したガイアの兵を避けながら青いローブを着た一人の男が叫びながら入って来た。
 
「ガイアの長、レア様の御前ながら失礼いたします。私はウラノスの執事長ヘリオスと申します」
 
敵であるウラノスの執事長が入って来たことに、不快感をあらわにするゼウス。
 
「ウラノスの執事長たる者が、何の断りもなしに我々のパルテノスに。それも長であるレア様がみえる神殿に入ってくるとは……」
「無礼は承知の上、早急にお伝えしなければならない要件がございまして」
 
ゼウスは、ヘリオスの言葉を聞いても、変わらず怪訝(けげん)そうな表情を続ける。
それを、静止させるように長であるレアが間に入る。
 
「良いでしょう。その要件を聞きましょう」
 
ゼウスとディア、レアの方を見て不安そうな表情をしながら一歩下がった。
 
「レア様、ありがとうございます。ガイア、ウラノス、オケアノス三つのティターンの戦いは、我々をわざと争わせ、滅ぼそうとするための罠(わな)だったのです」
 
異変に気付いた他のガイアの者たちが、負傷した仲間たちを助けようと周囲は大混乱していた。
その同じ場所で、痛みに耐えながらエウリュと珪も、レアとヘリオスのやり取りを黙って聞いていた。
 
ヘリオスの言葉を聞いて、ゼウスが怒りを露(あらわ)にする。
 
「何を言い出すかと思ったら。そんなデタラメな事があるものか。
この状況を見ろ!混乱に乗じて侵入し、偽りの情報を伝え我々を滅ぼす気か!」
 
ゼウスの怒号に、周囲の者たちが一斉に視線を向ける。
 
「信じてもらえぬのも無理はありません。我々もそのことを初めて聞いた時は、他のティターンが陥れているのだと思いました」
 
「もし、そのことが本当だとしたら、誰が仕組んだというのだ!」
 
更に口調が強くなる、ゼウス。
 
「……それは、今の段階ではわかりません。しかし、このままでは
我々が互いに争い続ければ、いずれ滅んでしまいます。現にオケアノスは、こうやって好機を狙って攻めてきました」
 
ゼウスは、ヘリオスの言い訳を聞いて冷静さを取り戻す。
 
「今まではそうだったかもしれん。(エウリュの方を指さし)だが、我々にはナイアス(資格者)がいる。それを纏って長であるレア様も守る事が出来る。形勢を立て直し、他のティターンどもを倒してしまえば何も問題はない」
 
そのゼウスの返答に、言葉を続けるヘリオス。
 
「(珪の方を見ながら)我々にも、ナイアスがいます。それぞれのアマルティアの力は解放され、これで互いの戦力は均衡しました。でも……、このまま続いていけばどうなりますか?」
 
「……罠を仕組んだ者の思惑通り、滅んでしまうでしょうね」
 
それまで、黙って聞いていたレアが口を開いた。
 
「レア様、何を言うのですか!ウラノスの言うことを信じてはいけません。我々の混乱に乗じて、自分たちが優位に立とうとしているだけなのです」
 
穏やかな表情だったレアが、急に険しい表情をしてゼウスの方を見る。

「黙りなさい、ゼウス!ここの長は誰だ!ウラノスのアマルティアを奪わせた者に言う資格はない」
 
ゼウスを一喝するレアの発言。
その言葉で、周囲は一瞬で静かになった。
 
「ヘリオスと言いましたね。なら、これからどうすれば良いというのですか?」
 
ヘリオス、改まってその場に跪(ひざまず)き、レアに返答する。
 
「我々は共闘すべきです。オケアノスにも我々の使者を送ってあります。同じように申し出を受け入れてもらえれば、いずれ真の敵が現れるに違いありません」
「なるほど。けれど、もしオケアノスとの交渉が決裂し、先程のように攻め入ってきたら?」
 
「それは、無いと思います。オケアノスのナイアスは、この戦闘で我々のアマルティアの凄さを知ったはずですから」
「……合わさった力か。それに対抗すべく、己の力を高めるためあのようなな事を言って早々に撤退を決めた。アマルティアの力なら、ここへの入り口プロピュライアも破壊することは可能であろう」
 
「ご理解、頂けましたでしょうか……」
 
レアに深々と頭を下げる、ヘリオス。
 
「わかりました。申し入れを受け入れ、一時停戦とします。しかし、あなた方もナイアスを連れて戻られたら、互いにオケアノスの進行を許してしまうのでは」
 
ヘリオスは、レアの言葉に立ち上がった。
 
「心配には及びません。私達はここに留まります」
 
レア、ヘリオスの言葉の意味が理解できず聞き直す。
 
「確かに、二つのアマルティアとナイアスがここに居ればオケアノスは容易に手を出しては来ません。しかし、それでは長をはじめとする同じウラノス者たちは……?」
「既に、手は打っております」
 
ヘリオス、後方に振り向いて誰かが入ってくるのを待った。
その場にいる者たち、その視線の先に目をやった。
 
「と、父さん……!?」
 
最初に言葉を発したのは、珪だった。
 
ヘリオスと同じ、金色の刺繍が施された青色のローブ姿。
短い髪に、口髭(くちひげ)があるウラノスの長、アルテールが現れた。
 
傷ついた体で状況がわからず、混乱して倒れそうになる珪。
そこに、アルテールが近寄ってエウリュと共に介抱する。
 
 
「大丈夫か、珪?今まで隠していてすまなかった。我々、ウラノスを守るために重い荷物を背負わせてしまった」
 
その光景に、ヘリオスも駆け寄ってきた。
 
「アルテール様、ここは私が」
「わかった、後は頼んだぞ」
 
その場をヘリオスに任せ、レアの方へ近づくアルテール。
 
その行動に、ゼウスとディア、周囲にいたガイアの者たちが警戒する。

アルテールは、階段上にいるレアの前まで来ると、ヘリオスと同じように跪いた。
その光景に、警戒体制をとっていたガイアの者たちが驚いた。
 
「レア殿。我々が生き残るためには、和平を結ぶことが先決です。長とナイアス、二つの力が一緒になれば、オケアノスも申し入れを受け入れ、まだ見ぬ敵と共闘してくれるに違いありません」
 
「相容れなくてはならないという状況、まさしく入玉の様……。良いでしょう。もしものために、ナイアスの力が必要となります。まず、その二人の治療が先決です。我々のメディカルセンターをお使い下さい」
「我々の申し入れ、受け入れて頂きありがとうございます。お言葉に甘え、我らのナイアスも治療いたします」
 
周囲にいたゼウスやディアをはじめとするガイアの者たち、長であるレアの言葉に従った
 
 
「ここは、一体……?」
 
珪が目を覚ますと、そこは霧の中だった。
おぼろげな記憶を蘇(よみがえ)らせようと、周囲に広がる白い景色を見渡すが何も存在していない。
そんな中、聞き覚えの声が聞こえて来る。
 
「珪、お前の本当の名はクロノス。そして、アマルティアの力を使うことの出来るナイアスなのだ」
 
それは、ウラノスに連れ去れたはずの父、高輝(こうき)のものだった。
 
「その声は、父さん?どこにいるんだ。なぜ、アマルティアの事を知っている……」
 
今度は、別の方向から聞き覚えのある女性の声が聞こえてくる。
 
「珪、ずっと黙っていてごめんなさい。私、本当はあなたがお父さんと思っていたアルテール様のお目付け役だったの」
「何を言っているんだ、母さん?」
 
母である結実(ゆみ)の言葉に混乱する、珪。
 
「お兄ちゃん、私も謝らないといけないの。実は、ナイアスであるあなたの目付け役だったことを」
「舞陽(まひる)、お前まで何を言うんだ?それと、なぜ俺がナイアスだということを知っているんだ……」
 
同じ方向、聞き慣れた妹の声の方を見る。
しかし、そこには誰も居なかった。
一瞬、目の前に映ったのは、青い車の残像だけ。
誰かを探し続けようと、珪はその方向に向かって、一生懸命手を伸ばそうとした。
 
「気がついたか……」
 
充填済のボンベから伸びる、柔軟性のあるチューブ。
それが、上部に接続されたカバー。
その形状は、左右が別々に昇降し、どちらからでも立って入出できる透明な立方体。
その両方が全開し、中から酸素を多く含む気化した治療薬が室内に溢れ出た。
 
「と、父さん……。いや、アルテール……?」
 
医療用の電動ベッドの上。
検診衣の姿。
体には、無線で繋がった粘着式のプローブ(医療機器が触れる部分)が貼られていた。
ゆっくり起き上がると、そこには金の刺繍が施された青いローブ姿が二つあった。
目線を上げると、そこには父の高輝。
そして隣には、別の男が一緒に立っていた。
 
「クロノスよ、気分はどうだ?」
「あなたは、ヘリオス……。俺は、なぜ名前を知っている?」
 
自分の記憶の中に、今まで知らなかった者たちが存在していることに困惑している珪。
 
そこは、ガイアのパルテノスの西側。
 
訓練エリアにある、機器を揃えたメディカルセンター。
その一部屋。
周囲には、波形情報を表示している機器などがあった。
モニターには、無線で粘着式のプローブから送られてくる心拍や呼吸数。
他に血圧や体温、心臓の電気信号などが映し出されていた。
それらを操作するスタッフ。
全員、赤い制服で統一されていた。
 
「父さん。すいません、アルテール様……」
 
記憶の整理が付かない珪に、ヘリオスが助けようとする。
しかし、手を伸ばしそれを遮るアルテール。
 
「珪よ、今までの呼び名で良い……。お前はクロノス。それから、すでに知っている通りナイアスだ。資格者であるお前を守るため、別の記憶を背負わせてしまった」
 
父と思っていたアルテールに真実を突きつけられ、言葉が出ない珪。
その様子を見ていたヘリオスが、諭すように付け加えた。
 
「クロノスよ。そこにみえるのは我ら天を司るウラノスの長、アルテール様だ。そしてお前は、実戦済みのアマルティアの力を操るナイアスだ」
「俺は、エウリュと同じ境遇だったのか……」
「珪。私達は過去に犯した争いのため、それぞれのティターンが滅びようとしていた。それを危惧(きぐ)し、記憶を奥深くに眠らせ平穏な世界へと逃げ延びたのだ」
 
アルテールの言葉に、ヘリオスが補足する。
 
「だが、眠りについた我々を滅ぼすために目覚めさせ、争わせようとしている者がいるのだ」
「それが、俺やエウリュが戦ってきたことの理由なのか……」
 
そこへ、同じ検診衣姿のエウリュが入ってくる。
 
「珪、ごめんなさい。私はあなたを……」
「……仕方がなかった、あの状況では。それに、これは戦争だ。お前が謝ることはない」
「償いのために今度は、あなたのために生きようと思うの……」
 
エウリュの言葉に驚く、珪。
 
「エウリュ、お前もアマルティアを纏えたナイアス。だがここではなく、本当の自分を取り戻した場所で生きていくべきだ」
「だからそのために、戦いを続ける事にしたの……」
 
エウリュの決めた意思を、黙って聞いている珪。
 
「確かに、今まで通り本当の自分に戻りたいと思った。でも、あなたを殺そうとしたのも事実。それで、レア、彩華に相談したの。そしたら、この戦いが終われば元の自分へと戻すと。そのために、今はナイアスとしてあなたと共に戦ってほしいと」
 
珪、エウリュの出した答えへの返答を少し考え、そして口を開いた。
 
「……エウリュ、俺はもう戦えない。帰る場所を、失ってしまった」
 
今度は、エウリュが珪の言葉に驚く。
 
「俺にはもう、戦う理由がない……」
「珪!オケアノスが、またここに攻めてくるかもしれないの。私一人では、防ぎようが……」
 
エウリュの方に素早く振り向いて、険しい表情で言葉を放つ珪。
 
「お前には、帰る場所と家族がいるという希望があるかもしれない。だが俺は、ここでしか生きられなくなってしまったんだ!」
 
エウリュを始め、周囲にいた者たちは、黙って珪の言葉を受け入れるしかなかった。
そして、エウリュは珪に背を向け、その場から去って行った。
 
 
一週間後。
 
ガイアのパルテノスの西側。
その訓練エリアの屋外。
 
背中に、ガイアの紋章があるウエット(フル)スーツのような姿のエウリュ。
長い髪を振り乱し、蹴りや突きを繰り出して格闘の練習をしていた。
その左腕にアマルティアにはなく、長であるレアの所で青いウラノスの物と一緒に保管されていた。
 
そこへ、同じ姿をした珪がゆっくりと近づいてきた。
 
「珪、もう大丈夫なの?」
「ああ。しっかし、ここの医療技術はスゲーな。あんな酷い傷をこんな短い期間で治してしまうなんて」
「体もそうだけど……」
「(握った右手の親指を立て、心臓の位置を指しながら)こっちもか?」
「ごめんなさい。私、結局自分の事ばかり……」
「いや、俺の方こそ……」
 
二人の間に、少し沈黙の時が流れた。
 
「ねえ珪。私、本当はあなたと一緒にここから逃げるつもりでいたの」
 
返事をせず、黙って聞いている珪。
 
「捕まらず、戦うことも無く。ただ、本当の自分の事だけを教えてもらい、そこへ帰りたかった……」
 
珪はエウリュの隣に並び、噤(つぐ)んでいた口をゆっくりと開く。
 
「けれど俺たちは、アマルティアを纏うことが出来ちまった……」
 
その場に来た珪に視線を向けず、遠くの方を見つめるエウリュ。
 
「決めたの。私と、あなたのために生きることを」
 
珪、エウリュの言葉に笑みを浮かべる。
 
「何だ、そりゃ。俺はオマケか?」
 
エウリュ、視線そのままで続ける。
 
「珪!私、この戦いが終わったらあなたと一緒になりたい。結婚、という言葉で合ってたかしら」
「はあ!?お前、何言ってんだ。結婚の意味、解ってるのか?」
 
遠くに視線を向けたままだったエウリュ、珪の方に振り向く。
 
「知ってるよ。側にいてずっと、ずーっと一緒にいることだよね」
 
珪も、エウリュの方に視線を合わせる。
 
「お前、それって……」
「珪、あなたは一人じゃないよ。私たち、家族になるんだよ」
  
 
舗装や建物などの、人工的な被覆(ひふく)面。 
中高層の建物増加による、高密度化。
自動車や工場などからの、熱の放出。
それらが大気を暖め、気温を上昇させていた。
そんな都市部の湾岸。
そこにある、三つの人工島。
 
西側には、工場や物流の倉庫などがある工業エリア。
東側には、ショッピングモールやアミューズメントパークなどがある商業エリア。
その二つから中央に向かって伸びる、斜張橋(しゃちょうきょう)。
北側からは、吊(つ)り橋が伸びている。
そして、三つの橋を互いに繋(つな)ぐ立体的な交差地点。
それが建てられた人工島。
そこにはコンテナなどが置かれ、ヘリポートや大型船用の係留施設もあった。
 
そこへ、北の陸地から連絡橋を渡り、目指して走る一台のオフロードバイクがあった。
 
「いい天気だな。このまま、どっか遊びに行こうか?」
「いいわね。(左側を見て)すぐそばに、それらしい所もあるみたいだし」

バイクのシート。
メタリックブルーのヘルメットから、少しはみ出ている髪。
ジーンズに、濃い色のTシャツ。
その上に、長袖のチェックのネルシャツを羽織って運転している、珪。

その後ろ、タンデムシート。
ヘルメットからなびかせている、長い髪。
ステップに乗せる足元。
そこから上に向かって、ハイウスト、ワンウオッシュ加工したネイビーのデニムワイドパンツ。
茶色のボーダーのTシャツを着て、その上にネイビーのコットンカーディガンを羽織っている、エウリュ。
 
二人の左腕には、上着の袖口から、それぞれのアマルティアが覗いていた。
 
「どう、この格好?似合ってる。彩華に用意してもらったの」
 
視線を、バイクを運転する珪の方に向けるエウリュ。
 
「ああ。俺も、この服父さんがくれた。その姿、それがお前が求めていた本当の自分なんだな……」
 
決戦の場となる、直線上にある人工島。
そこへ、向かおうとしていた珪とエウリュ。
そんな二人をよそに、周囲は日常の光景を続けていた。
 
橋を渡り終え、目的地の人工島へ降り立つ二人。
バイクを端の方に止め、それぞれが降りる。
そして、ヘルメットを脱いでハンドルのメットホルダーに固定した。
 
二人は、周囲にコンテナだけが見えるその場の中心へと、言葉を交わさずに歩み寄って行く。
 
全ての方角から、潮風と一緒に聞こえてくる波の音。
車やクレーンの駆動音、アトラクション施設からの騒ぎ声が混じり遠くから聞こえてくる。
 
「ここで、合ってるよな?」
「ええ。オケアノス側からここを、指定してきたわ」
 
二人が、周囲に気をつけながらそう話しいると、目の前の海に異変が起こり始める。
急に波の動きが激しくなり、それが中央に集まって渦を巻いていく。
そして、その下から徐々に人の姿が現れてきた。
 
「お久しぶりですね、お二人とも。あれからお強くなられましたか?」
 
細渕(ぶち)の眼鏡に、長い髪。
濃緑のスーツを着た男性、ネーレウス。
彼が、サーフボードのように三叉の鉾に乗り、渦の中から姿を現した。
 
その光景に、苦笑いをしながら見つめる珪とエウリュ。
 
「随分、派手な演出だな。楽しむのは後にしようぜ」
 
船舶が進むように波を立てながら、ゆっくりと人工島へ近づいて来るネーレウス。
緊迫した空気の中、それを迎え撃つ珪とエウリュ。
 
「いよいよね……」
「……ああ」
 
人工島へ降り立つ最後、乗っていた三叉の鉾を右足の踵(かかと)で軽く蹴り上げて回転させ、右手に持ち直すネーレウス。
 
「この前は、こちらから名乗らず失礼致しました。申し遅れましたが、私はネーレウスと申します。では、早速始めましょうか」
 
そう言うと、ネーレウス左腕を横に曲げ、服の上に身に着けていたアマルティアを自分の顔の位置に持っていく。
そして、鉾を握った右手を交差させた。
 
「使者が来ただろう。やはり、和平を結ばないのか?」
「なぜ、そのような事をしなければいけないのですか?単純に我々が勝てばいいだけの話。これは、我が長の意向なのです」
「このまま争い続ければ、俺たちは互いに滅ぶ。例え、一つのティターンだけ残っても、そうなることを予測していた者たちにやられてしまう」
「また、その話ですが。誰がそんなデマを。我々が目覚める前のように、また自分たちが滅ぶことを、恐れた者たちが言い触らした戯言(たわごと)に過ぎません」
「……何を言っても無駄なようだな」

ネーレウスに応戦しようとする二人。
同時に、上着の袖を捲(まく)った。

珪は、アマルティアを着けた左腕を垂直に立て、それに右手を添える。
 
エウリュは、身に付けた左腕を斜め下に突き出し、それに添えた右手と一緒に左手も力強く開いた。
 
そして、合わせたかのように、三人の力強い掛け声が響く。
 
「テミス、アマルティア!!」
 
珪の青色の鎧、ウラノスのアマルティアは翼を大きく広げ、上空へ。
周囲の海水も利用しながら、それに追いつかんとするネーレウスの緑色の鎧、オケアノスのアマルティア。
 
ネーレウスの攻撃に備え、眼下で弓を構え援護しようとしているエウリュの赤色の鎧、ガイアのアマルティア。
 
珪に追いつき先制したのは、ネーレウス。
 
「こちらから、先に行きますよ」
 
三叉の鉾を両手に持ち直し、高速で何度も突いてきた。
 
それを、両手に出現させた大鎌で全て防ぎ切る。
 
その光景に、嬉しそうに笑うネーレウス。
 
「ほう。これは、これは。相当腕を上げましたね。そうでなくは、待った甲斐(かい)がありませんからね」
 
交戦の姿勢を緩めないネーレウス。
 
人工島の上空を、翼と水流によって浮かんでいる二人。
その様子を窺(うかが)っているエウリュ。
 
「地形も利用して、力を高めての攻撃か。やっぱ、頭でっかちにはわかってもらえねえか。なら、力尽くで行くしかないな!」
 
「ようやく本気で来ますか。なら、こちらも礼儀を尽くしましょう」
 
ネーレウス、両手で持った鉾を顔の位置に構え、珪の方へ突き出した。
 
応えるように珪も、持っていた大きな鎌を構え直す。
 
本気で勝負をしようとしている二人の殺気に気づき、エウリュは、構えた弓の方向改めてネーレウスに定め直す。
 
次の瞬間、大きな破裂音がして高速で激突する珪とネーレウス。
 
お互いの武器が激しくぶつかり合い、力が均衡する。
 
その状態を危険に感じ、上空のネーレウスに向かって炎の矢を無数に放つエウリュ。
 
珪と争いながらも、地上から射られた矢に気づき、そちらに視線を移すネーレウス。
 
「二人同時の攻撃は厄介なんだよ!お前から先にやっつけてやる!」
 
ネーレウスはそう叫ぶと、体を反転させ、矢を鉾で叩き落としながらエウリュの方に突っ込んで行く。
 
「速い!」
 
エウリュ、ネーレウス動きに怯(ひる)みながらも、更に矢を射続ける。
 
「甘いな!」
 
放たれた矢を全て蹴散らせ、持っていた鉾の長さを利用してエウリュに攻撃しようとするネーレウス。
 
「そうは、させない!」
 
珪は一瞬で力を貯め、ネーレウスよりも速くエウリュの元へ移動した。
 
「な、何だと!?」
 
アマルティア同士がぶつかり、甲高(かんだか)い音が周囲に響く。
大鎌で、ネーレウスが握っている三叉の鉾を防ぎ、エウリュから引き離そうとする珪。
 
「力を、最大限までに高める事が出来たようだな」
 
珪の攻撃を、冷静に受け止めるネーレウス。
 
エウリュ、目の前に起こった出来事に一瞬怯んでしまったが、弓を構え直して矢を放とうとする。
 
その時だった、三人の鎧姿のアマルティアに黒い液体のようなものが絡(から)みつく。
そして、それぞれが猛犬の頭部に。
そこから、一つの四足歩行の体に変化する。
最後の部分が尾に変わり、それが鋭い牙を剥(む)いた毒蛇となった。
全身、尖った岩のよう。
三人の前に、冥(めい)の番犬、ケルベロスが現れた。
 
その異変に、言葉が出ず驚いている珪たち。
 
それと同時に、三人の背後。
人工島に対して、垂直に浮かぶ黒い楕円。
その中から現れる、鎧姿の黒いアマルティア。
 
「三体同時に倒すことが出来る、こんな絶好のチャンス滅多にない。俺は、なんてラッキーなんだ!!」
 
 

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