見出し画像

宗教家の日誌9

おはようございます。今日は7月10日。曇り。
教組年祭まで、あと565日となりました。

昨日は葬儀に使用した服の後片付けをした。
畳むのも大変。妻を気遣って私が畳んだが、
「午後からアイロンあてるからね」と畳んだ後から聞く。

午後は待望のステテコを買いに行く。
ステテコくらい、たいした買い物ではないが
私にとっては貴重な買い物。
この暑さで、さすがに長ズボンはこたえた。

夕方。
「信者さんが参拝に見えたよ」と内線電話が鳴る。
参拝だけでお帰りになる方が大半なのになんだろう
と思いながら参拝場へ行く。
私を見るなりその方が「理立を持ってきました」と。
「なにかあったの?」と、そこから話を聴く。

この方は天理教初代。家にはお仏壇が鎮座している
ごく普通の家。
出会いは町内子供会の行事の時に妻が知り合った。

色々話を聞くと「大変そう」となり私に話がきた。
そこから年に1度はおぢばへ帰るようになった。
その時、別席を運び出す。

そこから数年後のこと。
「胸にしこりのようなものがある」と。
「一度検査した方がいいね」と私。
大学病院へ行き診てもらうと乳がん。
入院となった。
その方の子供はまだ保育園だった頃。
「たすかってもらわないといかん」と
大学病院へおたすけに通う。

このおたすけという行動は、私はやるべきことなので
特にすごいことをしている、という感覚はない。が
一般の方からすると違うらしい。
「私の為に遠方から来てくれる。神様にお願いをしてくれる
感謝しかない」
という風に感じたという。

無事退院。
その後の姿勢が大きく変わった。
自分から教会へ来る。
ひのきしんを勤める。
お尽くしもがんばる。
今はおつとめ奉仕者になり、門目の行事には必ず来る。
「たすけもらった恩がある」と私達と布教に歩くのだ。

前置きが長くなった。
その方が来た。
父親が明日病院へ転院する為、スムーズに行きますように
との思いを込めての理立だった。

私「理は運んだのだから、もう心配はいらない。必ずうまくいくよ」と。
続いて
「今年の3月頃、お父さん命が危なかったでしょ?
でもその時僕は、心配ないよ、たすかるよ、と伝えたでしょ?
そうなったでしょ?だから今回も心配ないよ。信じたらいいよ」
とさとした。
本人さんも「ありがとうございます」と明るい顔で帰った。

人たすけをはじめて35年が経過する。
命があぶない状態になっても
たすかるよ
と言える人と
難しいな
と考える場合とがある。
適当にそう感じている訳ではなくて
それには根拠があるのです。
経験と実績 という理がないとね。

さ、今日はくもりで雨になるけど
がんばりますか。
皆さんもどうぞお元気で
いってらっしゃい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?