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登場人物と作者との会話

この記事では、登場人物と作者が物語の展開について対話するという実験的な取り組みを実施します。


物語を作成する2つの方法

 最初に,前置きを書く。

 物語の作り方は、”大きく分けて”、2種類あると思っている。プロットを軸にする方法と登場人物に任せる方法だ。

1.物語はプロット

 スティーヴン・キングは自著「書くことについて」において、物語はプロットによって成り立ち、プロットが命であることを述べている。

 すなわち、面白いプロットを作れば、あとは登場人物をそのプロットに沿って動かすことで、面白い物語は完成されていく、ということだ。


2.物語は登場人物

 一方、ディーン・R・クーンツは自著「ベストセラー小説の書き方」において、登場人物に任せるように物語を作る、と述べている。

 具体的には、まず初めに、魅力的な性格の登場人物らを作る。そのときには、生い立ちや性格、特定の状況で取る行動など、彼ら(彼女ら)を構成する全ての情報まで作る。

 このようにして、魅力的な人物達が出来上がれば、あとは”適切”な舞台に立たせるだけだ。その舞台上で、彼ら(彼女ら)に自由に行動させることで、魅力的な物語が完成されていく。


登場人物と作者が相談する作り方もありなのでは?

 ここで、ふと思った。

 「クーンツの方法で小説を書く人は、本当に登場人物に行動を任せているのか?」

 登場人物主導の物語は、実際には、登場人物が作者に操られているだけではないのだろうか。少なくとも、物語のある場面では、作者が登場人物に特定の行動を強制させたりしているのではないのだろうか。

 例えば、主人公が選択の難しい、2つの選択肢に直面したとき、作者は自身が求めるエンディングのために、主人公の気持ちを無視することがあると思う。

 そして、僕はこう思った。

 「登場人物が作者に気持ちを伝える機会を設けるべきだ」

 これは突っ込みどころの多い意見だが、ここではその全てを横に置いておく。動機は何であれ、登場人物と作者が物語について議論する機会を設置するのは面白そうだ。

 そういう訳で、実験的に、次のような構成の小説を作成した。


  1. 物語の前半

  2. 登場人物と作者の相談議事録

  3. 物語の後半


実験的物語

1.物語の前半

 隆司は警察署の駐輪場にバイクを置き、すぐに、ロッカーで制服に着替えた。無線、防刃衣、警察手帳をチェックして、最後に拳銃を点検する。隆司は拳銃を手に取ると、それを睨んだ。

 『もしチャンスが訪れたなら』隆司は心の中で呟いた。

 報道番組は連日、鳥居に関するニュースを流していた。どのチャンネルも兵庫県神戸市で起きた残虐な殺人事件を取り上げている。事件の容疑者は鳥居という男だ。10日前に、兵庫の加古川刑務所を脱獄した鳥居は、これまでに3人の男性を殺している。

 現在、兵庫県警は全力で鳥居の行方を追っている。

 隆司の携帯端末に着信が入った。画面を見ると、それは母からだった。一拍の間を置き、電話にでた。

 「もしもし、あなた大丈夫?」母の声が聞こえた。

 「鳥居のことか、大丈夫だよ。俺は刑事じゃない。ただの巡査さ」

 「分かっているけれど」母は小さい声で言った。

 警察学校を出て間もない隆司は、まだ交番に配属される巡査の地位である。犯人逮捕に従事するのは刑事の地位にいる者の仕事だ。ただ、隆司もその母もそのことは十分知っていた。なぜなら、隆司の父はかつて立派な刑事であったからだ。

 その日の時間は流れ、日が傾き、人の影が伸びる時刻、隆司は単独でパトカーを走らせていた。

 その時、無線が流れた。鳥居の居場所が分かったらしい。これまで有力な情報が得られなかったが、とうとう鳥居の居場所が割れたらしい。署内の刑事が寝るまも惜しみながら動いた成果だ。

 そして、鳥居と最も近い場所にいる隆司のパトカーに命令が入った。  「先に今告げた地点へ向かい、応援が来るまで待機せよ。しかし、それまで徹底して、マル被を監視せよ」

 日は既に暮れていた。隆司はパトカーを停めて、鳥居がいると思われる建物の方に近づいた。鳥居の姿はまだ見えていないが、心臓は大きな鼓動を打っていた。その建物は3階建てで外装は黒く、背景と建物の輪郭はよく見えない。しかし、窓からわずかな光が漏れ出していた。あいつはあの部屋にいるに違いない。隆司は腰に差した拳銃に触れた。

 時間はとても遅く流れた。通りを歩く人はおらず、動いている車もない。応援はあともう少しの時間で駆けつけるだろう。それまでの間に、鳥居がこの道を通ったら、俺がこの手で殺してやる。

 その時、鳥居が姿を見せた。そして、こちらに向かって歩いてきた。

 隆司は周りに目をやった後、拳銃を取り出した。鳥居から見えない場所から、慎重に銃口の角度を上げた。そして、ゆっくりと撃鉄を起こし、照準を合わせた。

2.登場人物と作者との対話

 作者と隆司の相談議事録

 隆司「俺は迷ってる。このまま引き金を引くか、引かないか。俺の父親はあの鳥居という男に殺された。俺は父さんのことがとても好きだった。でも父さんは刑事で、あの時あいつの事件を担当していた。そして父さんは現場に駆け付けたときに、あいつに殺された。」

 作者「僕は君にトリガーを引かせるつもりだった。僕は作者だから、鳥居が君の父さんを殺した人物であることを知っている。君が警察官の道に進んだ理由が、刑事だった君の父さんのためであることも知っている。加えて、鳥居が脱獄してから、入念に拳銃を点検していたことも知っている。僕から見て、君は鳥居を殺したくて仕方がない。僕は君を楽にできる。」

 隆司「あなたの言っていることは正しい。俺は鳥居を殺したい。でもそれと同時に、同じくらい、殺したくない気持ちもあるんだ。父さんはあいつを拳銃で撃たなかった。鳥居を逮捕して、生きて罪を償わせようとしたんだ。きっと、父さんは被害者のことも考えていた。結局、そのせいで父さんは死んだ。父さんは鳥居を殺すまいとしたんだ。それは警官として正しい行動じゃなかったかもしれない。でも、俺はそんな父さんを誇りに思っている。だから、俺は鳥居を殺すべきじゃないんだ。」

 作者「君は殺したい気持ちと、殺したくない気持ちを持っているね。もし、考える時間が無限にあったとしても、その気持ちが一方に振れることはないだろう。そして、どちらを選択したとしても、君が報われることはない。君は鳥居の死を望んでいるし、同時に、父を愛している。」

 隆司「そうだ。あなたは作者なんだ。僕の父を生き返らせてくれ。父の死をなかったことにしてくれ。そうすれば、俺は警察官として鳥居を殺さずに逮捕することができる。いや、そもそも、警察官にもなっていないんだ。」

 作者「それはできない。僕は、意図的に君を追い詰めることで、ようやく物語を作ることができるから」

 隆司がこれまでの人生の変更を要求したことにより、隆司と作者の通信は途絶えた。

3.物語の後半

 隆司は拳銃のトリガーを引いた。銃口から放たれた弾丸は、鳥居の頭部を直撃した。鳥居は地面に崩れ落ちるように倒れた。

 再び撃鉄を起こし、横たわる鳥居に近づいた。鳥居の体を仰向けに返し、息を確認した。

 「鳥居は死んだ」隆司はそう言って、ため息を吐いた。

 隆司は大罪を犯した男を自らの手で処刑した。その男は父の仇でもあった。

 しかし、自らの復讐のために行動し、その復習を達成することができた今、隆司の身体は震えていた。

 拳銃を腰に戻そうとしても、思うように身体が動かない。

 「父さん」

 一言の言葉と一滴の涙が、暗く静かな夜闇に消えた。

おわりに

 今回は、登場人物と作者が次の展開について話し合う機会を設置するの、面白そうじゃないか?という動機で実験的に物語を書いた。

 昔、これに少し似た形式の小説が書かれていたそうだ。それは登場人物が読者に語り掛けるような小説だ。物語の全体を通して、読者に語り掛ける訳ではないが、そのような箇所があるのだ。現代の小説では、まず見ることはないと思う。

 クーンツは、それに対して、読者の物語への没入を妨げる悪いテクニックであり、使用するべきでないと言っている。

 確かに、純粋な小説ならそうだろう。今回の実験も同じようなものだと思う。しかし、実験的な取り組みとしては、どちらも面白いと思う。

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