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富板敦編 鶴見俊輔著「鶴見俊輔語録1 定義集」

尊敬する哲学者!鶴見俊輔の語録!共感の嵐!
「刺さる言葉」に一言ずつ感想だけ添えます。


「悪は学問の母である。悪人の身に備わる合理性に着目し、そこから学び、それと競争する智慧の必要がわかる」
国家権力はそういう智慧の芽をつみ取ろうとするよなあ・・・。

「unlearn(学びほどく)」
著者はこの言葉を18歳の時にニューヨークの図書館でヘレンケラーに会い、手の通信で直接聞いたらしい。学んだことを生活に落とし込んでいくことこそ学びなのだ。

「いい人ほど友達として頼りにならない。良い人は世の中と一緒にぐらぐらと動いていく」
 これ至言だよな。俺もそう思う。

「違いを大切にするバラバラの集団が考えていく力をもつんですから、団結しちゃったら思索力の低下なんです」
 ふむふむ、安保法制デモに参加した小説家の高橋さんによればSEALDsはまさに「バラバラな個の集団」だったらしい。ある意味これは「考える力をつけるきっかけになった」んだろうなあ・・。

「器の大きい人は、決して人を馬鹿にしません」
 然り!

「『家庭は親が自分の失敗を語り伝える場所』という定義は今も私の中にある」
 これは自分に確固とした自信がある人だけができると思う。

「教師の器量が教育の質を作る」
 至言中の至言!文科省の制度の旗振りは決して教育改革をもたらさない。しかし、専門学校はそのレールの上を走るしかない。このジレンマをこれからも抱えていくしかない。

「『グローバル』という言葉がよく使われる。大体は、グローバルな知識を持っていない人によって、イカが墨を吐くように自分の道を隠す手段として使われる」
 うわあ、もう丸裸にされちゃった気分!俺も「わかってない一人」だよ。

「言葉が人を深く動かす時、その言葉は水源に痕跡を残さない」
 これ、凄すぎる言葉!何もコメントできない・・。

「戦争裁判というものは勝者の裁きであって、その意味において不当だと思っている。しかし、それをもって自分たちがやったことが正しかったという話には全くならない。そういう意識が欠如しているから「美しい国」なんて言い出す政治家がでてくる」
 そう、安倍のことね。

「アリストテレスが言うには、自分がどちらに転びやすい人間かっていうのを自分の目の前においている人間が転ばない。「ニコマコス倫理学」にちゃんと書いてある」
 どっちにぶれやすいかを知っておくのが中庸

「同時代の日本人は、何故、1931年から45年に渡るあの大きな事件大東亜戦争を不問に付したまま、目の前の出来事に心を奪われるのか。そしてその故に、同時代の中国人、韓国人、ドイツ人、その他の欧米人から信頼できない国民とみられている。日本人はそのことを考えることなく未来に向かっている」
 悲しいけれども、それが現実・・。俺の根底にその不満のマグマがいつもある。だから歴史修正主義者達とそこに連なる政治家達が日本の不利益になっている、

「あらゆる言葉が均等に並んでいたら、本なんてよめるわけないんです。ある概念を自分の関心で刺し貫けば、自分にとってのスキーコースが自分の中にできるわけだ。それが読書だと思いますね」
これは鶴見先生でなければ書けない言葉だよな・・・。

「アイヌと沖縄の両者は、今は統計的に少数者なんだけど、歴史と統計とは違う。そこを日本の歴史の歴史像に組み入れていなかいと、「君が代」も「日の丸」もとらえきれないし、それは100年単位の日本の未来を考えるといいことないですよ」
そう、日本は単一民族なんかじゃない!そういう主張の輩はナチスドイツと同じ文脈にあると思う。

「デモクラシーがあるからファシズムはおこらないと考えるのは、歴史法則からいえば間違いなんです。デモクラシーがあって、国家の宣伝を真に受ける国民が出来た時にファシズムが起こるんです」
ああ、いろんなところでおこってる。

「正しい思想はこれに決まった。右へならえ!」というのは学問じゃないですから、そこが依然として恐ろしい」
いまの日本の教科書改訂とか、道徳教育の復活とかみてると、これからの子どもがかわいそう!

「プラグマテイズムの考え方の中心は何かというと『あなたはそういうけど、それをどうやって測るの』ということに尽きる」
生活に根付いた哲学ってことか?

「それぞれの人間には、生きていれば偏見から自由になることはないでしょう」
偏見を真正面から引き受けるという態度は俺にも必要だ。

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