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奥三河で息吹く愛

そもそも、私が彼女とつき合い始めたきっかけは、大学2年生の春休みに初めて北設楽郡のとある村に村落調査に行った時だった。
以前に彼女とは飲み会で会ったことがあったが、当時の私は、受験勉強から解放されて一気に青春を取り戻そうとしていた時期だった。
同じ学部の同じ科の先輩だった彼女にはうっとうしい後輩に見えたようだ。
と言っても、私は1年浪人していたので、同い年だった。
そのころある女性につまらないことがきっかけで、ひどく嫌われていた。
そして、その同級生と同じ村落調査班となって一緒に合宿したものだから、険悪な状態でのスタートとなった。

その村は豊橋から飯田線で天竜川を上っていったところにあり、当時の飯田線を走る電車は床が木造だった。
天竜川と絡みながら走る車窓の風景に見とれていた。
東栄駅からはバスで、長い長い山間の道を進んでいってやっと停留所に着く。
そのバスの停留所からは、上り坂をしばらく歩いて行くと大きな滝があった。
その滝をもっと進んだ山間の細い川に沿って、古いたたずまいの家々が立ち並んでいた。
私が初めて訪れたのは三月の春休みで、滝はまだ凍っていた。

そこで大学の学生研究会のサークル活動として村落調査を行なっていて、学生だけの合宿調査が、村の集会所を借りて二週間かけて行われた。
この時の調査班の構成は男子5名と女子3名で、学年も3年3名、2年1名、1年4名であった。
毎晩、一人ないし二人で村の家に訪れて、昔の生活ぶりを聞いたりする。
昼間は、聞いて来たことをカードにまとめていくのが日課である。
食事は女性を中心に自炊し、夜は男女別々の部屋で寝袋にくるまって眠った。
風呂は、訪れた家で入れて貰うことが出来たので、その用意もして出かけた。
昼間に時間があると、仲の悪い同級生との接触を避けるために、私は一人で山に登ったりして過ごしたこともあった。
私が山登りの話をしたこともあって、ちょうど中日に気晴らしとして、高い裏山に出かけることになった。
その時には例の同級生以外は全員で登った。
この村は林業の盛んなところで、それも見ておくというのも目的だった。

後になって彼女から聞いたのだが、その山に登ったときに、途中で飲み物が必要に思い私が魔法瓶を抱えて登った。
道無き道を重い魔法瓶を持って先導して歩いたのが、彼女には逞しく見えたという。
実際は飲まずに役に立たなかった魔法瓶が、彼女の気を惹くには役に立ったわけである。
また、集会所には炬燵があって、そこでカードを書いたり皆で足を入れて休んだ。

調査も残り少なくなったある日の夕方、彼女と私は顔をつきあわせるような格好で横になっていた。
それは、互いに寝たふりだということは感じていた、そもそも普通ならそんな長くじっと顔を寄せ合わない。
そして、彼女の吐息があまりにも不自然だった。
私は彼女が私を受け入れようとしていることが、その時初めて確信できた。
その思わせぶりな二人の様子はますます、私に悪感情を抱いていた同級生の感情を逆撫でして、私への嫌みでの攻撃は激しさを増した。
私は最後の打ち上げの夜に、かなり酒に酔ってしまい、その同級生に的の外れたことを言いながら不覚にも泣いてしまった。
ずっとその二人の様子を見ていた彼女だが、それが却って私への愛情となる結果となった。

調査から戻って、私は彼女をデートに誘い、それから、長い二人の付き合いが始まった。
私はそれまで恋人と呼べる人いた経験が一度だけあったが、4歳も年上の人だった。
年が近かったり年下の女の子とは、恋人と呼べる関係ではなく、ちょっとデートしたり、プレゼント交換したりする程度だった。
彼女は「かな」という名で、女子校出身。これまで男性と付き合った経験が無かった。
私も男子校出身でしかも男ばかりの兄弟だった。
かなは一人娘で、身近な男性は父親だけだった。
男女共学で無いことと、兄弟に異性がいない共通点が強く二人を結びつけたのだと思う。
私もかなも男女共学の人たちのように、普通の友達から、恋人に発展させた経験が無かった。
そのことが、恋人に対する特別な思い入れを強くしてしまったように思う。

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