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ノベル『雑記メモ』3


 ノベル『雑記メモ』3

 ふと思うのだけれど、他人の小説を読んでいると独特な言い回しや考え方のようなものに影響されてしまう。過度な感情移入や作中人物に憑依されて虚構世界をリアルに追体験もしくは共生してしまうからか。

 例えば村上春樹の小説を読み返しているのだが『ねじまき鳥クロニクル』は実に楽しい。時代は1984年夏。小説の時代背景はすごく重要だ。春樹の独特な孤独ワールド。井戸の中で内側の壁に囚われて無意識の集合性を味わう。意識の階層を地下にその奥底に設定位相するアイデアはノモンハン事件の体験者の語りから拡大された文芸戦略だ。心の深部のダイヤローグ。

 猫と妻が消えて大いなる喪失を味わいカタルシスとデトックスを求めるのだが逆に地獄を味わう。井戸の中の罠と囮。ビバークできずアジールも失敗。クレタとマルタ。笠原メイは「ダンス・ダンス・ダンス」の彼女の派生なのか類推なのか。

 不思議な少女が出現して物語を掻き回すのは春樹の常套手段だ。宮崎駿のような闘争状況でもイメージしているのか。それとも官能やら性愛やらをここぞとばかり表出させるのはこの恋愛小説作家の世代特有のそれなのか。

 こだわりの1984。のちに大作になって出現する。社会ブームを巻き起こした。NHKの集金問題やカルト教団やらコミューンやら。それから新宿中村屋での謀議。文学賞を巡る春樹の思い。作中ゴーストライティングを依頼され引き受ける主人公の文学青年。パラレル1984。二つの世界の並列進行。「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」でも近著のあれでもお馴染みだ。

 春樹長編小説の世界をどんどん読み終えていきたい。なぜ今、村上春樹なのか。作家的には終わりに近づいている。終活花盛り。未だに毎日十キロ走っているのか。小説の執筆はかなりの体力を必要とする。春樹には後継者はいない。テレビに出演しない。その政治的スタンスが面白い。

 七十歳後半の現役という悲哀。俗にいう彼ら団塊の世代が次々と旅立たれ召されて消え去るとどうなるのか。

 百年安心年金、百歳現役。役人たちの考えそうなスローガンだ。しかも労働法制を変えて死ぬまで派遣社員という過酷な収奪の悪循環へと誘う連中のレトリック。とにかくアジェンダセティングが秀逸だ。誰も避けていた「労働法制の解雇権」を提示したという。雇用主が自由に解雇できないから安心して経営できないとコンサルは言う。

 目指せ労働市場の流動化。もっとボラティリティをくれ。もっと稼がせてくれ。原則自己責任。ちゃっかり胴元の免責事項の列挙。期待に添えなくても無罪ですから。安全性も確実性も担保できませんよ。自由に解雇できないなら。吐けませんよ生糸を蚕はそうですよ。養蚕業の鉄則ですよ。要は簒奪なんです。契約とはそんなもんですよ。雇われの雇ってやってる奴隷に配慮しませんよ。全部こっち側の権利だけですよ。自由解雇当たり前ですよ。

 広告代理店の選対が活発化している。親父の時もそうだったね。B層をターゲットせよ。いろんな資料が終わってから出てきたけど。追加料金をせしめたのか。想定内の事由だったのか。いきなりネット賢者たちと連続セッションだ。儲からない飲食店がPR不足だと言われて食べログのコンサルを受け入れるみたいな。三十万払って来店招待してうまく書いてもらう。ネット広告のマーケッティングぅ〜。総裁選挙はお金いくら使ってもいい。

 兎に角無能だのアホだの言われながらも実は血統がすこぶるいいとかのDNAを持ち出す政商納言の話術しかも公共財産を狙う輩たち・・。信じろとは言わせない。信じさせてください。どうかしんじろう・・。

 終活と文芸活動。近頃情熱大陸の北方謙三もそうかもしれない。以前「尾道少女」から「海岸少女」に改題したノベルを私は書いた。尾道の港に北方をモデルにしたハードボイルド作家のヨットが寄港する。後悔先立たず。航海先立たず。作家は週刊誌のコラムの締切が迫る。担当編集者が張り付く。作家の恋人に恋する若い編集者だ。

 何故に尾道か。今でさえ尾道は乙女の街になって久しい。大林宣彦監督の映画三部作の影響もあれば放浪作家の林芙美子の関係もあるかもしれない。

 尾道駅は海に向かっている。向島の間にある尾道水道をバックに郵政民営化を争点にした小泉純一郎の衆院選で改革をスローガンに若きホリエモンが立候補の第一声を放った。改革は新自由主義と批判される格差社会創出のキーワードだ。公共財産を民営化というビジネスに転用して利潤を中抜く。現代の奴隷制度も百年安心ならば。

 作家は尾道に上陸した。新たな文学境地を得るために。ガールへの希求欣求。大人の淑女から清純な乙女へ。春樹も目指すエロスという文学の光源へ。男のロマンばかりでは。異国の大河ドラマばかりでは。死をかけた殉教のような愛を描きたい。

 作家はわがままし放題の自由業の極北だ。激しき印税の実利。もっと栄誉が欲しい。もっと名誉も欲しい。ノーベル賞とまでは言わない。この国の最高の栄誉が欲しい・・。

 最近は書籍が売れない。出版不況はアルコールを忌避する若年層の如く小説を読まなくなったと労働だけのせいではなくおもしろい本も少なくなった出版事情の身も蓋も元も子もない話だ。寝食忘れて読み耽るクソ面白い小説が出版されないだけ。あと仕事しながら読めないのは単にワークがしんどくてストレスにやられているからよ。あと読まなくてもいいの。人生楽しければね。スマホいじって人生終わっても悔い無いならそれもいいわけ・・。

 つづく。

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