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ミコロボ《反転》16

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アナタヲ、○スヨ。
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ずっと、夢を見続けていた。
同じ人の夢を、何度も何度も。

就学前から、中学生になった今まで…1人の男の経歴を振り返るばかり見てきた。
中学生になってから、実際に面と向かいあう機会を得た。
愛嬌市南部への襲撃と引き換えに。

彼は窮地の所で、私達兄妹を救ってくれた。

カラフルなジェット機に乗って、ロボットに合体した。
襲ってきた敵を、この時は自動操縦だったけど…倒した。

彼と一緒にいたのは、たった1ヶ月程しか記憶に残ってない。
その期間は、本当に楽しかった。
彼について行きたいと望むようになって、より勉強に励んでいたんだ。

連れ去りは、あっという間だった。

私達が敵の別部隊にもたもたしている時に、彼は捕えられてしまった。
私達が無事に戻った頃には、彼の姿は消えていた。

帰って来ていないと知って、私は酷く頭痛を感じる程の衝撃を受けた。
1週間程、個室のベッドの掛け布に包まっていた。

寝るのがしんどくなって、やっとベッドから出た。

それ以降…私達が所属する[ラストコア]は、太平洋に降下したマルロの部隊と接触して。
西条司令の巧な技で、逆にマルロを捕獲した。

アレックスさんがうまく誘導して、マルロは[ラストコア]に馴染んでいった。
あとは、現実通りだ。

マルロが引き入れたビウスの残存兵、サレンさんらニコンの民達の出戻り。
期間延長後に参加した正規軍の志願兵の皆さんの協力で、私達は《宇宙進出》を果たした。

目標の火星圏タレスに辿り着き、内部に突入して、そして…。

とうとう、私達兄妹は《武人兄ちゃん》を発見した。

★★★
『え…あれって、マジで兄ちゃんか…?』
勇希兄ちゃんは困惑した。
私が突然、名前を呼んだからビックリしたんだろう。

正直、無意識に叫んでいた自覚はあった。
100%、確証はない。
ひょっとしたら、青白い部屋の中の者は違う人の可能性も捨てられなかった。

和希兄ちゃんは、道筋を示してくれた案内役のAIに尋ねていた。

『あれが《ラルク》本人で、いいのでしょうか?』
『…その通りです。彼はずっと顔を隠してますが、正真正銘の《ラルク・トゥエラー》でございます。』

AIが武人兄ちゃんの本名を告げた。
私の反応は、間違ってなかった。

『俺、全然わかんねぇ、って思ったけどよ…。』
勇希兄ちゃんの素直な感想である。
多分、私も当てずっぽうに口を開いてしまった部分もあった。
《夢》さえなければ…私も青白い部屋内のフード男の正体はわからなかっただろう。

パソコンでディスクを書き込む時の音が流れてきた。

やがてそれは、テレビ放送が流れてこない時の砂嵐の音へと変わった。
これは、通信回線を求めている…?

『様子がおかしいな…。操縦士さんやマルロさんと連絡を取り合う時と、異なっている気がするんだが…。』
和希兄ちゃんの疑問はご尤もである。
緊急事態ですら、回線のノイズは少なかった。

妨害でもされていない限りは、通信のやり取りはスムーズに行えるように設計されている。
これはアレックスさんから、安心して乗る為の調整は頻繁にしていると教わっていた。

やはり、妨害の一種なのだろうか…?
私達が疑っていると、案内役のAIがはっきりと答えを告げた。

『これも開通の手段です。実はラルクは、特殊な機器を使用しておりまして…。』
「使用?」

『その辺でええよお前。後は下がるんや。』
男性の声が聞こえた。
機械音らしく、音がこもっている気がした。
他にも、鮮明に聞き取りにくそうだと感じていた。

でも、私達はわかっている。

話し言葉の表現の仕方が、特徴的だった。

《愛嬌弁》という方言が昔、愛嬌市内の人々で交わしていた事実があった。
時代の流れとともに、『標準化』された日本語を優先して使っていくようになって、方言の文化が徐々に廃れていった。
《愛嬌弁》を使うのは、私達の祖父母の代以上の人達のみだ。

ジェームズさんがさりげなく教えてくれた。

武人兄ちゃんは、《愛嬌弁》を猛勉強して習得した、と。
そう、この方言を使いこなす人で、私達が知る者は…やっぱり1人だけ。

男性の機械音の主は、武人兄ちゃんなんだ。

『承知しました。』
兄ちゃんの声に、AIが引き下がった。

彼が指していた『お前』は、案内役のAI本人だった。

ちょっとした雑音が入る。
引き下がったとはいっても、回線をオフにはしていない。
ポツ、ポツと、ノイズが耳に流れてくる。
ヘルメットの耳当ての部分はヘッドホンのクッションみたいな構造になっていて、ちゃんと音が聞こえる。