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日常

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普段、頭に浮かんでいること。
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豊かさと幸せと理想の社会像

いろんな国に住んで、いろんな国の人の話を聞いてきた私が、豊かさと幸せについて思うこと。 停電の過ごし方NY郊外で、トトロどころかハイジみたいな環境の寮に住んでいたとき、Hurricaneが来て停電した。街路樹と電柱が近くに立っているから、木が電柱を倒してしまい停電になるらしいのだが、その後数日間、家では水しか使えなかった。学校や友達の家は問題なかったので、gymでシャワーを浴びたり、友達の家に泊まらせてもらったりして私は過ごした。寒い時期だった。 そのときとても印象的な出

美人

誰かが亡くなるとき、いつも私はそばにいない。お葬式には行ったことがない。 Sunday予感は、あったと言えばあった。ここ数週間調子が悪くて、何だろうと思っていた。ある朝、はな、と浮かんで起き、花を買ってみたら、その日はおばあちゃんの誕生日で、花をすでに手配していたことを思い出した。 知らせを聞いて、気づけばお昼を食べていないなあ、と思い、Pancakesを食べに行った。道中でhousemateに会ったので、 "I'm fine, but my grandma passed

根本カウンセラー

いつか書いた通り、臨床心理学的なものに助けられた私は、もっと自分と向き合って、人生変えていくぞ!と意気込んだのだった。 安く、ひとりで、本を読む私は本を読んで知識をつけたいタイプなんだけど、この組織(神戸メンタルサービス)、本はあまり出してないんだよね(あるものは読んだ)。同時に、よくブログの人生相談で見かけて、この人いいな、と思った人が退会している、ということも何度かあった。理由は考えなかったけど、ある時、"このサービスを退会したカウンセラーって、独立してるやん!本も書い

Stand.FM, 始めました!

"人がきっかけでいい流れに乗るような気がする"、と言われてから2週間。 忘れたころに、ある人と出会い、きっかけがあってStand.FMを始めました。 私はラジオが好きで、高校受験あたりから、かなり聞いてきた。アメリカ留学前は、ラジオパーソナリティになりたいと思っていた。 アメリカに行ってから、Podcastやってみたら?と言われたことは何度かあったけれど、配信する内容もないし、当時は自己肯定感も低かったので、私が喋ったところで需要もないと思っていた。今のように誰でもYouT

21軒の住んだ家リスト

週末のstand.FMで、移動が多く、住んだ家の数は19軒!という話をしました。全部数えたら21軒でした。 生まれた横浜のマンション。記憶なし。 私を連れた通勤が辛かったので、親が職場近くに借りた2軒持ちの家。外から見た記憶はあり。 生まれ育った東京の家。今でも持ち家。8年。 札幌で最初に住んだマンション。4階エレベーターなし。6年くらい。 高校のときに引っ越した、駅近のマンション。2年以下。 ここから家を出る。東京で住んだ永福町の寮。1年。 寮の期限が切れたけ

親父の愛を受け取る

"親を手放していい関係になって、親から車をもらった"、という話を聞いて、いいなあ、私もそういうのほしいなあ、と思った。 だけど、実際に起きてみると、申し訳ない~と思うものだった。嘆きつつ感動しつつ感謝しつつ、これが親の愛情表現だと受け入れて、受け取れるようになっていくのだった。 連絡を絶つ都庁に入ってから、今思えば大人の反抗期で、親父との連絡を絶つことにした。仕事を楽しんでいる人で、話を聞くのが昔は楽しかったはずなのに、今や会っても会話がうまくできない。私の体型にコメントを

おばあちゃんの愛を受け取る

大人の反抗期を経て、おばあちゃんが大好きだったことに気づき、会いに行った話です。 背負ううちの親父は、私が生まれる前、母とも出会う前に父親と弟を亡くしている。おばあちゃんからすれば夫と息子である。 おばあちゃんの兄弟は多く仲がいいものの、私と弟にいとこはいない。2人が亡くなったあとに私が生まれ、おばあちゃんは息子2人だったこともあって、とても嬉しかったらしい。とても可愛がってくれたし、お年玉も多かったし、おばあちゃんの家にはいまだに私が子供のころの写真がいくつも飾ってある。

カピバラと長崎バイオパーク

「カピバラさん」は高校生のときから知っていたけれど、動物のカピバラを好きになったのは、テレビで"打たせ湯に打たれるカピバラ"を見たことだった。 「カピバラが打たせ湯に打たれてる…!」と、悶える私に、 「それは…テンション上がるねえ」と、冷静な弟。 以来、打たれるカピバラを見たい!と思うようになった。母がすでにカピバラ好きで、カピバラ写真家のカレンダーを買ったりしていて、合わせているうちに私も熱量が上がっていった。 渡辺さんそうしてカピバラ写真家の渡辺さんをfollowする

自治体の温暖化対策計画の作り方

仕事の内容は書かないつもりだったんだけど、先週colloquiumでclimate change/urban architectural historyの話を聞きまして、 「私、2か月前まで日本の自治体のClimate action plans手伝ってましてん」 と、簡単にプロセスを説明したので、ここでも書こうかなと思った次第。日本は法律があってマニュアルがあって従う形だけど、国によってやり方は違うよね~。環境省マニュアルに載っているから、隠すことでもないし。 あくまで私の見

ボイトレ習いました

ボイトレ始めましたここ1年半、ボイトレに通っていた。 きっかけは、ここに永福町の記事を書いて、声優になった寮友達を思い出したことだった。 ボイトレにはずっと興味があった。というのも、私は話す声が通らず(アメリカのpartyは基本的にうるさいので)、絶対音感ではあるものの、カラオケに行くと必ず「萌え~」と言われてしまうことがcomplexで、人前では歌わないし、もう何年もカラオケには行っていないのだった(歌う曲の問題なんじゃない?と思ったそこのあなた。秦基博でも、萌え~って

自転車の右折が怖い

久しぶりに、自転車に乗った。 くもの巣が張っていたりしたので、拭くところから始め、 空気も当然抜けていたけれど、空気入れを貸してもらえる図書館までは行けたので、そこで空気を入れた。 風を感じる。涼しい。 だけどやはり怖くて、そんな自分を責めない、受け入れる、として、 行きは上り坂だからなんとかなったものの、帰りは主に歩いて帰ってきた。 それでも、荷物は重くないし、少しは時間の節約にもなったし、涼しかったし、いいだろうと。 なぜ乗らなくなったのかといえば、右折して横転したから

地元がなかった私のHometown

「出身地はどこ?」 なんてことない質問だが、私はとても困り、ため息をつく。なぜなら、一言でここ、とは答えられないからである。 「生まれは横浜、育ちは東京・札幌、そのあとはアメリカ」 とまあ、こう答えることになる。 思い出すのは留学前の学校の遠足で、出身県ごとに分かれてごはんを食べる会があり、そうとは知らずに出身地=生まれた場所を書いてしまい、神奈川県のテーブルになり、話すことがなさすぎて困ったこと。 このときの正解は、高校のある場所を書くことだったと思う。もちろん、出身地=

テスト前のmeditation

テスト、好きなんだよね。笑 今まで良い結果を出してきたから、テスト=良い印象になっている、ということだと思う。誰かに見せるperformanceでもないから、好きに解いていいし、喋らなくていいし。私は逆順に解いちゃうもんね~とか思いながらやるのって、楽しいし。ゲームみたいな楽しみがない?勝負事が好きなのかな。 努力すれば相手に好きになってもらえるわけじゃない恋愛ではなく(ましてやaceの私には不可解すぎたし)、どうやってもやっぱりうまくなれないsportsでもなく、もちろ

自家製スムージーと元カレ達の愛

暑い時期、クーラーを使い始めるのを渋って窓開けや保冷剤でなんとかしようとしてしまう私は、結構、夏ばてる。西向きの部屋に住んでいて、すだれを買ったからましにはなったものの、シャッター・すだれは閉めて出かけないと、部屋の中が30℃になってしまう。 そして、夏は、smoothieが飲みたくなる。 よい流れ前の記事のとおり、運動を再開した。動けば朝型に傾くし、食べ物にも気を付けていて(ずっと口内炎続きなので)、良い流れが来ている、と思う。 そして、big interviewほど