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ごめんなさいって

子どものころ母が怒っていたらスポーツチームの監督が怒っていたらちっさくなって俯いてただその時が過ぎていくのを身体を固めて待っていた。

ごめんなさい。
これは魔法の言葉。
これを言うと許される。

大人になっていって、母を傷つけて、社会で悪いことをして、何か仕事でミスをして、約束の時間に遅刻して、謝る場面が度々ある、人間だしそんなもの。

ごめんなさい。
素直に言える相手もいればそうでない相手もいて。
素直に言える状況もあればそうでない状況もある。


関係性が薄いと言いやすい。自分のミスが明らかだと言いやすいし、ミスの程度が小さくても言いやすい。

関係性が深いと私は謝りにくい。自分のプライドが大きすぎる。謝る言葉を考える。言葉を巧みに使いまわしてどこか自分以外の何かも悪かった、悪い原因は95パーセント私、でも5パーセントは他にも原因があった、と話を持っていくような言葉を頭の中で考える。言葉を考えながら相手の受け止め方を勝手に私が想像してコントロールする。

自分はその違和感に気がついている。
私のごめんなさいは、
許されるためのごめんなさいなのか、
許されるだろうと思うから言えるごめんなさいなのか、
こんなときはまだごめんなさいというタイミングじゃない。湧き上がってきて欲しい、ごめんなさいという気持ち。ごめんなさい、は私が楽になるための言葉だけじゃない、そんなような気がして、グルグルまわる。

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