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東国大学での在日コリアン研究(「どこにいても、私は私らしく」#42)

2017年に朝日新聞を退社してソウルの東国大学の修士課程(映画映像学科)に留学したのは映画を学ぶことが目的だったが、その年の9月から東国大学日本学研究所にも所属し、研究プロジェクトに参加することになった。在日コリアンに関して政治・経済、社会・教育、芸術・体育と多様な分野にわたって研究する6年プロジェクトだ。

研究所との縁は、東京のとある居酒屋から始まった。東京にいた頃行きつけだった居酒屋で、最初に行ったのは2016年、在日の詩人金時鐘先生が、回想記『朝鮮と日本に生きる――済州島から猪飼野へ』で大佛次郎賞を受賞した時、授賞式後の打ち上げだった。大佛次郎賞は朝日新聞が主催する文学賞で、私は金時鐘先生の担当として宿泊先に送り届けるまでが役割だった。

『朝鮮と日本に生きる――済州島から猪飼野へ』金時鐘著、岩波書店刊、2015年

普段なら一緒に飲んで楽しむのだが、私が酔っ払ったら責任を果たせないので、この日は我慢して打ち上げを見守っていた。そこで声をかけてくれたのが、店主だった。店主も在日の方で、金時鐘先生と親しい間柄だった。私は当時、演劇・ミュージカルを担当していて、その話をすると、店主の息子も演劇俳優だという。名前を聞いたら、演劇界では知られた、私も大好きな俳優だった。

名前から在日だろうとは思っていた。人気が出てきた時に所属事務所から日本名に変えるよう勧められたが、断ったらしい。インタビュー記事を書く時、名前のルビはひらがなで書いてほしいと言われた。新聞では日本人の名前のルビはひらがな、外国人の名前のルビはカタカナで書くことが多いが、「日本で生まれ育ったコリアン」というアイデンティティーの表現なのかなと思った。

店主は文化全般に関心があり、上司と共に飲みに行くとお決まりのように同席し、映画や演劇の話で盛り上がった。退社し、東京を離れる前に店を訪ねると「いい仕事なのに、なんで辞めるのか理解できない」と憤慨しつつ、「ソウルに行ったらこの人に連絡したらいい」と言ってくれたメモが、東国大学日本学研究所の金煥基(キム・ファンギ)所長の連絡先だった。

金煥基所長は在日文学の専門家で、店主とは長い付き合いだったようだ。ソウルに着いて連絡してみると、初対面で思いがけない提案を受けた。研究所に入って、プロジェクトに参加しないか、という提案だ。店主は東国大学に留学するなら、日本学研究所の所長にあいさつしておいたら、という程度で連絡先をくれたと思うが、結局、プロジェクトに合わせて来韓したような形になった。

とは言え私は学生の身分なので、研究の主体ではなく補助的な役割だ。新聞記者時代にも在日関連の取材をやってきたので、人的ネットワークを生かして研究所につなげたり、通訳・翻訳などを担った。プロジェクトの一環で講師をソウルに招いて講演を開くことも多く、私は監督や俳優ら、映画・演劇関係者を中心に招聘を担当してきた。研究所関係者だけでなく一般にも開かれた講演だ。コロナ以降はオンラインで続けており、オンラインは聴く側も場所にとらわれず参加できるので、むしろ参加者は増えている。6月にドキュメンタリー映画『スープとイデオロギー』が公開予定のヤン・ヨンヒ監督や、元プロサッカー選手で北朝鮮代表も務めた安英学(アン・ヨンハ)さんら、たくさんの講師にオンライン登壇してもらった。

安英学さんは国家代表としては北朝鮮で、プロとしては日本と韓国で選手生活を送ったので、3つの国の相違点などの話も興味深かった。朝鮮籍のため入国の難しい国もあったというのは、知識として知っていることではあるが、当事者の口から聞くことで、改めて深く考えるきっかけにもなる。

退社当初、家族に「1年」と言っていた留学が、5年に延びる口実になったプロジェクトだが、そろそろ期間が終わりに近づいている。寂しいような、すでに懐かしいような、複雑な気分だ。


ヘッダー写真:東国大学日本学研究所の主催する講演で学生と対話する作家の金石範さん(右)(2017年9月著者撮影)

・2017年に東国大学日本学研究所で行われた金石範さんの講演の様子(東国大学日本学研究所ホームページ掲載)はこちら
・成川彩さんがヤン・ヨンヒ監督にインタビューした記事(朝日新聞GLOBE+、2021.09.18)はこちら

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成川彩(なりかわ・あや)
韓国在住映画ライター。ソウルの東国大学映画映像学科修士課程修了。2008~2017年、朝日新聞記者として文化を中心に取材。現在、韓国の中央日報や朝日新聞GLOBEをはじめ、日韓の様々なメディアで執筆。KBS WORLD Radioの日本語番組「玄海灘に立つ虹」レギュラー出演中。

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