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韓国の不思議な「ゆとり」/(「どこにいても、私は私らしく」#30)

韓国で暮らしていて難しいと感じることはいろいろあるが、その一つは不動産関連だ。日本と制度が違い、どうしていいのか分からないことがある。私は「オフィステル」と呼ばれる家具・家電付きのマンションに住んでいる。先日、オフィステルを管理する不動産業者から電話がかかってきて「家主が月々の家賃を10万ウォン上げたいと言っている」と告げられた。予想はしていた。最近、韓国では全般的に不動産価格が上がっていて、周りでも家賃が上がったというのは聞いていた。今の相場では確かに10万ウォン上げてもおかしくない。ただ、法的には一度に上げていいのは家賃の5%までだ。私の場合は5%は5万ウォンにも満たない額。法的に争うにはお金も時間もかかるのであまり守られないようだ。「出ていくつもりもないが、一気に10万ウォンも上がるのは負担です」と言ってみた。不動産業者も私がすぐに「はい分かりました」と言うとは思っていなかったようで、家主と交渉して折り返し電話すると言われた。結果、5万ウォン上げることで落ち着いた。「家賃も毎月きちんと払っているし、家主が相場より安くしてくれた」と言う。家賃をきちんと払わない人もけっこういるのかもしれない。

その日の午後、再契約の手続きをしながら、洗濯機の扉部分が壊れているので修理したい旨伝えた。家主と相談してまた連絡するという。しばらくして電話があり「洗濯機ごと新しいものに変えることになった」と言う。50万ウォンほどするらしく、それは家主の負担だ。不動産業者は「結局家主さんは家賃を上げた分で洗濯機を買うことになりましたね」と笑っていた。

このことを韓国の友達に言うと「家主さん、ゆとりがあるね」と言った。この「ゆとり」、日本語の発音そのままだが、使われる意味はちょっと違う。韓国では「融通」という意味で「ゆとり」を使う。「ゆとりがない人」と言うと、「融通が利かない人」という意味だ。この「ゆとり(融通)」が韓国で暮らすうえでのキーワードだと思う。

洗濯機はLGの製品で、今度はLGから電話がかかってきた。夕方ごろにかかってきた電話で「明日新しい洗濯機と取り換えるが、朝、何時に訪問するか連絡する」と言われた。明日のことなのに、何時か今決めたらダメなんだろうかと思いながらも、翌日は家でオンラインで授業を受ける以外は特段予定がなかったので、分かったと答えた。翌朝7時半、まだ夢の中にいる頃、電話がかかってきた。「正午以降いつがいいか」と聞かれ、「じゃあ1時」と言ってみたら「1時は無理なので2時」となった。家賃値上げを言われてから洗濯機交換までの一連のやりとり、本当に韓国らしい「ゆとり」の世界だなと思った。

私が最初に韓国に出張で来たのは2013年、韓国でいかに日本文学が人気かを取材するためだった。それまでは留学生としての滞在だったので仕事で韓国に滞在するのは初めてだった。出張前、出版社や日本文学ファン、韓国の作家などにアポイントを入れようと試みたが、多くは「韓国に着いたら連絡してほしい」、あるいは日は決めても「近づいたら時間と場所を決めましょう」という感じで、日時や場所を決められず不安な気持ちで日本を飛び立った。結果的にはみんな時間をきちんと取ってくれて十分に取材ができた。

できるだけ直前まで日程をフィックスしないのが韓国式だというのは今はよく分かっている。もちろん前もって決める人もいるが、日本に比べると流動的なことが多い。韓国にいればそれはそれで合理的だと感じることもある。なぜなら直前になってどんどん予定が入ってくるので、できるだけフィックスせずにいた方が調整しやすいからだ。

ただ、最近、「ゆとり(融通)」というには度を超えた出来事があった。9月初めに東国大学が主催する仏教映画祭の関連行事の国際シンポジウムで発表することになっていた。春頃から頼まれていた。私は日本の仏教映画に関する発表をすることになり、日本の仏教映画を探して見ながら準備していた。ところが、8月下旬になって「シンポジウムが11月に延期になり、テーマがOTT(オンライン動画サービス)に変わりました」と告げられた。思わず笑ってしまった。「え?仏教映画じゃなくて?」と聞き返すと、主催もソウル市中区に変わったのだと言う。主催もテーマも変わったシンポジウムになぜ発表者の私は固定なのか。周りの研究員に言っても「そんなの初めて聞いた」と驚く。なぜ私にだけこんなことが起こるのか、実は分かるような気もする。コロナの影響で海外から発表者を呼ぶのが難しいなか、韓国内の外国人で韓国語で発表できる私は国際シンポジウムに都合のいい存在なのだ。

とは言え、断ればいいものの引き受けたのは、事故のように突然与えられたお題のOTTも興味はあるからだ。コロナ禍で日韓のみならず世界的に存在感を増しているOTTについてこの機に勉強してみようと思う。こんな風に韓国の「ゆとり」の世界でもがきながら楽しんでいる。

ヘッダー写真:韓国のオフィステル(筆者宅ではありません)

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成川彩(なりかわ・あや)
韓国在住映画ライター。ソウルの東国大学映画映像学科修士課程修了。2008~2017年、朝日新聞記者として文化を中心に取材。現在、韓国の中央日報や朝日新聞GLOBEをはじめ、日韓の様々なメディアで執筆。KBS WORLD Radioの日本語番組「玄海灘に立つ虹」レギュラー出演中。

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