見出し画像

誰のための不買運動?(「どこにいても、私は私らしく」#14)

2019年、韓国で日本製品不買運動が広まった時、その標的となった一つは「アサヒビール」だった。日本製品といえば真っ先に思い浮かぶほど、韓国でアサヒビールが人気だったということでもある。

私が「朝日新聞出身」と言えば、「アサヒビールの系列会社?」と聞かれることもある。日本では朝日新聞の朝日は漢字で、アサヒビールのアサヒはカタカナなので、系列と思う人はまずいないが、発音しか知らない韓国の人の中には意外に系列社と勘違いしている人が多い。

毎日のように報じられる日本製品不買運動のニュースを見ていると、「日本政府に原因があるとはいえ、日本製品に何の罪が?」と思ってしまう。商品が消費者に届くまでには、企画した人、作った人、運んだ人、販売した人、本当にたくさんの人が関わっていて、そこには日本人もいるだろうし、韓国人もその他の国の人もいるかもしれない。いろんな人が汗水流して生まれた商品のはずだ。実際、私の周りを見回しても、不買運動によって損害を被ったという人の多くはむしろ日本人より韓国人だった。

私自身も不買運動の対象みたいな気がして、韓国で過ごすこと自体憂鬱だった。そんなある日、中央日報のエディターから昼食に誘われた。中央日報から何人か来るという。連絡を受けた時にはコラム連載が打ち切りになるのでは、と、ビクッとした。実際、「NO JAPAN」と言われながら、韓国の新聞に日本人が何を書けばいいのか、悩ましくもあった。原稿料よりも、この状況で打ち切られた時の自分の心理的ショックを想像して心配になった。

指定された店は、日本式の居酒屋だった。報道によれば、居酒屋も不買運動の対象になっていた。ところが入ってみると、意外にも席は埋まっていた。メニューを見る前に同席の一人が「ビールは何にする?」と聞いてきた。日本では昼間からアルコールを飲むことはほとんどないが、韓国の、特にマスコミ関係者は昼間から飲むことも多いようだ。遠慮がちに「アサヒ」と言ってみたら、みんなが「僕も」「私も」と言い、アサヒビールで乾杯した。連載打ち切りどころか、私が気を落としているんじゃないかと心配して設けてくれた昼食会だったようだ。帰り道、温かい心遣いをかみしめ、涙があふれた。

その数日前、韓国人の知人から嘆きの電話があった。一生懸命準備してきた日韓交流のイベントが中止になったというのだ。悔しいけども、その悔しさを韓国人には言えないという。

それまでは政治と文化は別だと思っていた。両国の政治家たちは国民の支持を得るためのパフォーマンスで日韓の対立を利用することもあり、民間人としてはそれに一喜一憂せず文化交流を続ければいいと思っていた。ところが、日本政府による輸出規制、それに対する韓国の反発の大きさに圧倒され、政治が文化交流に大きく影響を与えることを実感した。

私が日本で経験した不買運動といえば、朝日新聞の本社前で朝日新聞の購読をやめるよう訴える、朝日新聞不買運動だ。数人が毎週のように本社前に来て、朝日新聞批判を繰り返す。聞くともなしに聞こえた内容は、慰安婦問題など韓国関連の報道が批判のメインだった。不快だったが、一種のヘイトスピーチのようなものだと思って気にしないようにした。

一方、日本製品不買運動は日本側に原因があり、韓国の一部というよりも国全体と言っていいほどの運動の規模で、気にしないでは済まない状況だった。韓国に住む日本人の中にはこの問題を深刻に捉え、声明を発表する人もいた。韓国人男性と結婚し、20年以上韓国に暮らす宮内秋緒さんだ。宮内さんは、日本出身のお母さんたちが集まって日韓の歴史について学ぶ勉強会を開いている。お母さんたちの趣味活動というよりも、子どもたちの将来のためだ。特に日韓夫婦の子どもにとって日韓の友好は重要だ。声明は主に日本政府に対するもので、安倍政権下での右傾化、歴史歪曲によって、韓国に暮らし、日韓の友好を願う人たちが望むのとは反対の方向へ進んでいる、と指摘した。

不買運動の対象には、一時、韓国の代表的な焼酎(ソジュ)ブランド「チョウムチョロム」も入っていた。ある時、「チョウムチョロムは大韓民国のソジュブランドです」と、瓶に表示があるのを見て、どういう意味なのか知人に聞くと、「チョウムチョロムはロッテだから日本製品と思われている」と言われた。

チョウムチョロムはロッテ酒類から販売されている。ロッテは日本で創業したが、韓国に進出し、ホテルやデパートも運営する一大財閥に成長したグループ企業だ。不買運動の対象とされた経緯には「アサヒビールがロッテ酒類の株主」という噂まであったが、ロッテ酒類はそういう事実はないと発表し、れっきとした韓国企業であることを主張した。

仮にアサヒビールが株主だとしても、ソジュが日本製品不買運動の対象になるなんて、本当におかしな話だ。誰のための不買運動なのか、みんな冷静に考えてほしい。

........................................................................................................

成川彩(なりかわ・あや)
韓国在住映画ライター。ソウルの東国大学映画映像学科修士課程修了。2008~2017年、朝日新聞記者として文化を中心に取材。現在、韓国の中央日報や朝日新聞GLOBEをはじめ、日韓の様々なメディアで執筆。KBS WORLD Radioの日本語番組「玄海灘に立つ虹」レギュラー出演中。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?