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日本人は蝶のバッジを付けられない?(「どこにいても、私は私らしく」#41)

2018年夏、2ヶ月間にわたって計8回、韓国のテレビ番組に出演したことがある。tvNの「外界通信」という外国人討論番組だ。突然知らない番号からかかってきた電話で出演依頼を受けた。日本では携帯電話の番号は個人情報なので他人にたやすく教えないが、韓国では「なんで私の番号知ってるんだろう?」という人から電話がかかってくることが多々ある。試験的に放送した回があると聞き、とりあえず見てから連絡すると答えた。

各国の記者たちが集まってその時々の社会的イシューについて討論する番組だった。韓国のテレビに出演してみるのも、他国の記者たちと討論するのも、なかなかできない経験だと思い、やることにした。初めてプロデューサーと会った日、8月には歴史問題を扱う予定で、その時は日韓の話が中心になると言われた。

どうして私に依頼したのか聞いてみたら、SNSを通して私を推薦した視聴者がいたのだという。私が中央日報に書いた記事を添えて推薦したそうで、知らないところで応援してくれている読者もいるんだと思うとうれしかった。

初収録を前に出演者の食事会があった。ここで初めてアイドルグループ「SHINHWA」のキム・ドンワンさんに会った。試験的に放送した回ではドンワンさんは出演しておらず、私は顔を見た瞬間、「どこかで見たことあるような」と思いながら「どこの国のご出身ですか?」と聞いてしまった。外国人記者の一人だと勘違いしたのだ。その場にいたみんなが凍り付いたのを見て、気付いた。初対面で失礼なことをしてしまったが、MCのドンワンさんは一貫して親切に接してくれた。

週に1回の出演と思って軽く考えていたが、やってみると大変で、ちょうど大学院の夏休みだったからできた。収録は午前10時からだったが、放送局に入るのは午前7時半。5時半に起きてイルサンの自宅から眠い目をこすりながら車を運転してソウルの上岩洞の放送局に通った。メイクだけで1時間以上かかり、これでもかと言うくらい塗り重ねて別人のような顔で出演した。放送を見ても私と気付かなかった友人もいたほどだ。

メイクが終わると、収録が始まるまでは台本を読みながら練習した。ところが、収録が始まると台本とは全然違う展開になった。他国の記者たちはその時その時思いつくまま発言するので、私の番と思ってもなかなか発言できなかった。もっと積極的にと促されても、誰かが話している最中に割り込むような話し方には慣れておらず、一区切りまで待っていたら機会を逃すというのを繰り返した。放送時間は1時間だが、実際の収録は昼食を挟み5時間ほどかかった。毎回終わるとへとへとだった。

当日の出演だけでなく、台本作りにも毎回参加した。次回のテーマに関する質問をシナリオ作家が送ってきたらそれに回答し、シナリオ作家がおもしろいと思った部分をさらに詳しく聞いてきたり、日本関連部分の資料を求められて送ったり、という作業だ。討論は韓国語だったので、毎回そのテーマに関わる単語に慣れようと本や記事を探して読んだりもした。

8回のうち、私の発言が最も多く放映されたのはやはり歴史問題の回だった。光復節(解放記念日)の8月15日前後に放送され、慰安婦問題が中心になった。慰安婦問題をめぐっては日韓両国が対立する要因になっているが、私は個人的には戦時下の人権問題として日本人でも韓国人でもその被害について学び、世界のどこかで二度と同じような悲劇を繰り返さない努力をすべき問題だと思っている。

出演前、シナリオ作家から歴史問題にまつわる何かを身につけて出演してほしいと言われた。私は元慰安婦のハルモニ(おばあさん)たちの象徴となっている蝶のバッジをつけて出るのはどうか、提案した。ところが、シナリオ作家は「それは韓国人がするもので、彩さんは日本人だから原爆関連とか、何かないですか?」と聞かれた。

原爆に関する物で身につける物が思いつかなかったのもあるが、韓国の番組に出て原爆被害国を主張する気にはならなかった。日本人だから蝶のバッジをつけられないというのにも納得がいかなかった。言いなりにはならず、蝶のバッジをつけて出た。メディアが作り出すフレームに安易に乗らないというのは、新聞社を辞めてフリーランスで活動する記者として大事なポイントだと思っている。

原爆に関して日本対米国の問題と捉えている人は日本ではあまりいないと思う。多くの人は核と平和の問題として全世界で共に考えるべき問題と捉えているのではなかろうか。日韓の歴史問題についても、日韓の市民が共に考えるべき問題だと思うが、それを難しくしているのは何か、考えさせられる一件だった。

ヘッダー写真:MCのキム・ドンワンさんと「外界通信」打ち上げで乾杯

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成川彩(なりかわ・あや)
韓国在住映画ライター。ソウルの東国大学映画映像学科修士課程修了。2008~2017年、朝日新聞記者として文化を中心に取材。現在、韓国の中央日報や朝日新聞GLOBEをはじめ、日韓の様々なメディアで執筆。KBS WORLD Radioの日本語番組「玄海灘に立つ虹」レギュラー出演中。

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