見出し画像

ロックバンド「コプチャンチョンゴル」韓国デビュー20周年(「どこにいても、私は私らしく」#10)

韓国在住の日本人のグループはたくさんあるが、出身地別というのもある。私は本来なら大阪出身または高知出身に属するのだが、神戸出身者の集まりに誘われて参加したことがある。2018年の年末だった。大学が神戸だったというのもあり、その集まりの常連の方に連れて行ってもらった。

会場のレストランに着くと、見覚えのある顔があった。迫力ある髪型とよく通る大きな声。「あ、コプチャンチョンゴルの佐藤行衛さん!」と気付いた。コプチャンチョンゴルは、主に韓国で活動している日本人のロックバンドだ。韓国で活動するアーティストとしては先駆的な存在で、一度お話をうかがいたいと思っていた。

ちなみに、コプチャンチョンゴルというのは、いわゆる韓国のもつ鍋のことだ。この変わったグループ名のおかげもあって、韓国ではよく知られたバンドで、私も韓国のテレビや新聞を通して知っていた。佐藤さんは韓国の音楽に詳しいだけでなく、食についても専門家で「韓式B級グルメ大全」(コモンズ)という著書があるほどだ。

画像1

佐藤さんも神戸出身ではないが、佐藤さんのファンクラブの会長が神戸出身者の集まりの主要メンバーという関係で、たまに参加するのだという。この日もギターを片手に歌を披露してくれた。その時、佐藤さんは「2019年はコプチャンチョンゴルの韓国デビュー20周年。来年は本格的に活動する計画なので期待してください」とあいさつした。それを聞き、デビュー20周年に合わせてインタビューしたいな、とぼんやり考えてはいたものの、あっという間に時は流れ、2019年の年の瀬。知人から「ホンデ(弘大)でこんなのあるけど、行かない?」と誘ってもらったのが、佐藤さんのコンサートだった。
小さな地下のライブカフェで、世界のビールを飲みながらこの年最後の公演を楽しんだ。演奏が終わると佐藤さんも一緒に飲み始めたので、何気なく「20周年はどうでした?」と聞いてみた。すると佐藤さんは「大変だったよ」と、大きくため息をついた。続けて、「日韓関係でこんなに影響を受けたのは20年もやってて初めて」と言った。この年の7月、日本政府が韓国への輸出規制を発表して以来、韓国では反日感情が高まり、日本製品不買運動がわき起こった。日本人の佐藤さんはそれに巻き込まれたのだ。

後日、正式にインタビューを申し込み、ソウルのホンデにある佐藤さんの自宅にうかがった。

佐藤さんが初めて韓国を訪れたのは1995年。この時に韓国の音楽と食べ物にはまったという。韓国での日本人による音楽活動は、当時は規制が厳しく大変だったという。日本人が韓国でアルバムを出すこと自体が難しく、「日本」が見えない工夫をせざるを得なかった。アルバムの表紙からメンバーの写真を外し、佐藤さんが作詞作曲した曲でも韓国人マネージャーの作詞作曲ということで名前を表記した。

日本の大衆文化が韓国で段階的に開放され始めたのは1998年からだ。コプチャンチョンゴルはその頃デビューしたので、その変化を実感しながら活動を広げていったという。

佐藤さんは2005年に韓国人女性と結婚し、韓国で暮らしているが、他のバンドメンバーは日本に住んでいる。このため、普段はソロで「佐藤行衛」として活動することが多い。それが、日本製品不買運動に巻き込まれた原因だ。2019年に予定されていたコンサートのうち、何人かのアーティストが出演予定だったなかで佐藤さんだけがキャンセルになることが相次いだ。「たぶん主催側は良かれと思って僕を呼んでくれたんだろうけど、ポスターやチラシを見て『なんで日本人が出るんだ』とクレームをつける人がいたんだと思う」と、佐藤さん。20周年のタイミングで発売予定だったコプチャンチョンゴル5枚目のアルバムも延期せざるを得なかった。

日本にいると、日本製品不買運動について実感があまりないかもしれないが、韓国在住の日本人にとってはこれまでの日韓関係悪化とはレベルの違う居心地の悪さを感じるものだった。佐藤さんのようにまともに影響を受けた人も少なくない。佐藤さんが住むホンデかいわいは日本食のお店が多い地域で、特に打撃が大きかった。韓国人であれ、日本人であれ、日韓に関わって活動する人たちが政治的な理由で被害を受けるのは本当に理不尽だと思う。
韓国の音楽と食に魅せられ、長年韓国で暮らしてきた佐藤さんのような人がなぜ日本人というだけで不買運動の対象になるのかと、私の方が悔しい気持ちになるが、当の本人はポジティブだ。「でもね、そうやって僕の演奏がキャンセルになったのを知って、あえて僕を呼んでくれるような温かい韓国の人たちもいるんだよ。今の日本の若い世代はK-POPが大好きだし、この世代が大人になった頃には変わるよ」

大らかな佐藤さんに接していると、ケンチャナヨという気持ちにもなってくるが、やっぱり韓国の人たちには不買運動の結果傷つく人たちの存在にも気付いてほしいと思う。その原因が日本政府にあったとしても、だ。

画像2

佐藤さんとのご縁は続いている。先月(2020年11月)、佐藤さんと一緒に済州島の魅力を語る機会があった。韓国観光公社福岡支社の公式ユーチューブで生配信(*)ということで、再び佐藤さんのお宅にうかがって、私は主に済州島のロケ地について、佐藤さんは済州島に隣接する牛島(ウド)について語った。打ち上げで牛島直送のサザエを食べながら話を聞くと、やはり不買運動から回復しないうちにコロナ禍で公演ができず、厳しい状況が続いているようだ。「でも、韓国はちゃんと防疫に力を入れてるから、感染者が少ないのは本当にありがたい」と佐藤さん。どんな時もポジティブな佐藤さんと、この日の配信の様子を撮影してくれたアン・ヘリョン監督と共に、二次会は済州の黒豚を食べようと夜のハプチョンへ繰り出した。

写真撮影:アン・ヘリョン

(*注)YouTube韓国観光公社福岡支社公式チャンネルからアーカイブを視聴できます。
◇◇深発見!KOREA◇◇ 韓国在住映画ライターとミュージシャンが教える! ≪済州島の美味しいグルメ&ロケ地巡り≫

........................................................................................................

成川彩(なりかわ・あや)
韓国在住映画ライター。ソウルの東国大学映画映像学科修士課程修了。2008~2017年、朝日新聞記者として文化を中心に取材。現在、韓国の中央日報や朝日新聞GLOBEをはじめ、日韓の様々なメディアで執筆。KBS WORLD Radioの日本語番組「玄海灘に立つ虹」レギュラー出演中。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?