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ピンチはチャンス 自然をデザインする(「どこにいても、私は私らしく」#46)

そろそろコロナ禍の長いトンネルを脱して、日韓両国で旅行者の受け入れが始まりそうだ。最近会った韓国の知人は日本の地方の旅が好きだと言いながら「日本の地方は広報がうまい。実際行ってみると想像したほどでなくてがっかりしたこともある」と話していた。なるほど。私は逆のことを考えていた。韓国の地方は広報があまりうまくない。実際に行けばいい所はたくさんあるのに、もったいない、と。

何年か前、日本で高級食パンがはやった。日本に一時帰国中、食パンをプレゼントしているのを見てびっくりした。日本では人に会う時に手土産にお菓子を持って行くことが多いが、食パンを手土産に渡すのはこの時初めて見た。よさげな紙袋に入っていて、なんだか高級そうだ。食パンと言えば、パンの中でも最も庶民的なパンだと思っていた。その食パンに「高級」と付けて、新たなイメージを生み出したようだ。

気になって、高級食パンの店を訪ねてみた。麻布十番で最近(当時)オープンしたという「乃が美」というお店だ。平日の午前中だったが、数十人の行列ができていた。買うには30分は待たなければいけないという。テレビの取材も来ていた。
待っている間にオーナーらしき人に話を聞くと、「乃が美」は大阪の上本町が本店だという。私が上本町に住んでいた頃からあったらしいが、知らなかった。思ったよりは高くなかったが、日常的に食べるには高い。「乃が美」だけでなく、高級食パンブームで一気に店舗が増えているようだった。
食べてみると、もちもちしながらもふわっと柔らかく、確かにおいしい。
いい材料を使っているとは言うが、とは言っても食パンだ。なぜブームになったのか。もしかすると、食パンという庶民的なイメージに「高級」という修飾語が付いた、その意外な組み合わせのおかげではなかろうか。立派な紙袋に入っているので、プレゼントとしても見栄えがいい。

どう見せるか、という工夫一つで地方の魅力をアピールする例も日本ではたくさんある。一方、韓国で地方に行くたびに残念な気がするのは、どこに行っても似たような観光商品が多く、せっかくの田舎の風景もマンションなど都市と変わらぬ建物が台無しにしていることも多い。

私は生まれは大阪だが、小学校3年生の時に高知に引っ越して、高校卒業まで10年間高知で暮らした。高知は親の故郷でもなく、親の転勤で引っ越したわけでもない。縁もゆかりもなかった。大阪で学習塾を経営していた父が「田舎で農業がしたい」と言ったのがきっかけだ。いくつかの候補地を旅して回った結果、行き先が高知に決まった。「海も川も山もあって、食べ物がおいしく、空気がきれい」というのが理由だ。おかげで私は海や川で遊び、山登りやキャンプを楽しみながら育った。そう、高知の魅力は「自然」だ。そしてその魅力をうまく生かしている。

高知にはおいしいものがたくさんあるが、その一つはかつおのたたきだ。高知以外でもかつおのたたきを食べることはできるが、高知で食べるのとは比べ物にならない。圧倒的に高知で食べるのがおいしい。高知はかつおの一本釣りが有名で、新鮮なかつおが手に入りやすいのもあるが、そのおいしさの秘訣は「藁焼き」にあるようだ。強火で表面だけを焼いた香ばしさ。都市では藁を入手するのも困難だが、保管する場所もない。藁はかさばるのでその空間を確保するには費用がかさんでしょうがない。藁がいっぱいあって、土地の値段も安い高知だから可能な「藁焼き」だ。
とは言え、藁で焼いたかつおのたたきが最初から全国的に有名だったわけではない。きっかけは、かつお漁師とデザイナーの出会いだった。あるかつお漁師が、「かつおの値段が下がって廃業寸前だ」と、デザイナーに助けを求めたのだ。一匹ずつ釣り上げるかつおの一本釣りは、人件費が高くつく。デザイナーは、その一本釣りと藁焼きを前面に出すデザインで価格を上げて売り出した。その結果全国的に注文が増え、売上が一気に上がったという。

私が高校生の頃、高知城の近くに高知のおいしいものを集めた「ひろめ市場」ができた。そこでかつおのたたきを売っていて、藁で焼く過程も見られた。通っていた高校のすぐ前だったので、しょっちゅう行って、かつおのたたきも気軽に食べていた。今思えばなんと贅沢な高校生だろう。藁で焼くと火がわっと広がり、ショーを見ているようだった。噂はすぐに広まって、ひろめ市場は全国的な観光名所となった。

かつおのたたきの藁焼きのシーン(撮影:成川 順)

こんな高知の魅力を生かしたアイディアは、梅原真さんというデザイナーによるものだった。『ニッポンの風景をつくりなおせ 一次産業×デザイン=風景』という梅原さんの「作品たち」を紹介する本を読んで、これまでどれだけたくさん梅原さんのアイディアで楽しませてもらってきたのかを知った。

『ニッポンの風景をつくりなおせ 一次産業×デザイン=風景』(梅原 真著、2010年、羽鳥書店)
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砂浜美術館の「Tシャツアート展」もその一つだ。高知県黒潮町の砂浜で、様々な写真やイラストがプリントされたTシャツが洗濯物干しのように展示される。海風になびくTシャツは著名なアーティストの作品もあれば、一般公募の作品もある。1989年に始まり、今年で34回目。始めた頃はバブルまっただ中の頃で、地方のあちこちで大型リゾート施設が作られた時期だ。「砂浜美術館」となった浜辺も、ホテルやゴルフ場の建設計画があった。この計画が実現する前にバブルが崩壊したのは運が良かったのかもしれない。Tシャツアートは大してお金もかからず、自然の景観を生かした観光スポットとして脚光を浴びるようになった。
梅原さんが考えたのは「私たちの町には美術館がありません。美しい砂浜が美術館です」というコンセプトだ。長さ4kmの砂浜そのものが美術館だ。風も波も松の木も「砂浜美術館」の展示品、館長は海を泳ぐクジラだ。

梅原さんはこの地域の特産品、ラッキョウにも注目した。ラッキョウはただ食べる物として認識されていたが、梅原さんはラッキョウを「花見」の対象として捉えたのだ。ラッキョウは紫色の小さな花を咲かせる。「ラッキョウの花見」というポスターを作ったら、観光客がラッキョウの花を見に来るようになった。NHKのニュースでも「ラッキョウの花見の季節になりました」と紹介され、全国的に知られるようになった。
梅原さんは「すべて基本は1次産業にある。1次産業が日本の風景を作っている」と強調する。彼が高知出身だから出てくる発想だと思う。私も基本的に同じ考えだ。

数年前、韓国の安東(アンドン)へ行った時のこと。昔ながらの村を散策し、伝統料理を食べた後、最近できたという慶北道庁を見に行った。周りののどかな景色とは不釣り合いな青瓦台のような大きな建物に驚いた。バブルの頃は日本でも地方に必要以上に大きなハコモノがたくさんできたが、今は考えにくい。

バブル崩壊は日本の地方がデザインの力で魅力をアピールするきっかけになったように思う。ピンチはチャンス。韓国の地方にもまだまだ宝物がたくさん眠っている。少し発想を転換してみれば、魅力的な観光商品になるかもしれない。大金をつぎ込むことなく、自然を破壊することなく、地方をいかに活性化するか、日本の例が参考になりそうだ。

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成川彩(なりかわ・あや)
韓国在住映画ライター。ソウルの東国大学映画映像学科修士課程修了。2008~2017年、朝日新聞記者として文化を中心に取材。KBS WORLD Radioの日本語番組「玄海灘に立つ虹」レギュラー出演中。現在、韓国の中央日報や朝日新聞GLOBEをはじめ、日韓の様々なメディアで執筆。

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