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映画「軍艦島」に対する日韓の反応/(「どこにいても、私は私らしく」#28)

コロナ禍の韓国で久々のヒットを飛ばしている映画「モガディシオ」のリュ・スンワン監督の前作は、2017年に公開された「軍艦島」だった。「モガディシオ」はソマリア内戦からの脱出劇、「軍艦島」も過酷な炭鉱労働の現場、軍艦島からの脱出劇だったが、「モガディシオ」の記事で「軍艦島」に言及するものはほとんど見られない。「歴史歪曲」など多くの批判を浴び、忘れたい前作なのかもしれない。

「軍艦島」は1945年の端島(通称軍艦島)を舞台に、炭鉱労働者として働く朝鮮人が集団で島から脱出する映画だった。

「軍艦島」については、劇場公開されていない日本でも批判の声が広まった。特に予告編で旭日旗を破るシーンが話題となり、「反日」のイメージが強かったのだろう。実際に映画を見るとそれほど重要なシーンではなかった。

一方韓国では、過酷な労働を強いた日本の蛮行を描いた映画を想像していたら、むしろ朝鮮人同士の裏切りが描かれていて不満に感じた人も多かったようだ。

2015年ごろから韓国では日本植民地時代を背景にした映画が相次いで公開されていたが、「軍艦島」ほど日本での反応が大きかった作品はなかった。2015年に世界文化遺産に登録された軍艦島が舞台だったことがその理由のようだ。

韓国では、朝鮮人が労働を強いられたことについて説明が不十分なまま世界遺産として登録されることに反発の声が上がり、登録後も、説明を求め続けている。日本で映画「軍艦島」への拒否反応が起きたのは世界遺産登録をめぐる日韓の攻防があったためだろう。

これについてはユネスコの世界遺産委員会も最近(2021年7月)、「強い遺憾を示す」とする決議を採択した。登録時に日本が朝鮮出身者らの労働について説明措置を講じると明言していたが、それが十分履行されていないと判断したためだ。

韓国人の知人の中には「韓国で日本植民地時代を背景にした映画が作り続けられるのは、日本がその歴史を隠そうとするからだ」と言う人もいる。そうかもしれない。ただ、映画「軍艦島」は韓国の人たちの歴史を明らかにしてほしいという期待とは違い、軍艦島を舞台にはしながら架空の物語が描かれたことにがっかりした人が多かったようだ。

ちなみに「モガディシオ」で描かれた韓国大使館と北朝鮮大使館の職員と家族が一緒に協力してソマリア内戦から脱出したストーリーは実話がベースになっている。

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私は映画「軍艦島」を見た2017年夏、本物の軍艦島へ行った。1974年に炭鉱が閉鎖されて以降、無人島となっている。ツアーに申し込み、韓国の記者と一緒に軍艦島行きの船に乗った。軍艦島周辺は波が荒く、上陸できない日も多いそうだが、私は運良く上陸できた。

映画に出てくる集団脱出はフィクションだが、劣悪な労働環境から逃れるため個人で脱出した人は実際にもいた。荒々しい波を見ると、命がけの脱出だったことが分かる。波にのまれて陸地にたどり着けなかった人もいたという。

ツアーのガイドは朝鮮人労働者にまつわる説明はしなかったが、林えいだいさんの『写真記録 筑豊・軍艦島-朝鮮人強制連行、その後』に詳しく書かれていた。この本は、私が軍艦島に行くと言ったら先輩記者が勧めてくれた本だ。

軍艦島で直接見たものの中で最も印象的だったのは、炭鉱に降りる入り口までの階段だ。この階段を上り、そこから地下1千メートルの炭鉱に降りたという。10メートル下るのも怖い気がするが、どんな気持ちでこの階段を上っただろうと想像してみた。

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ツアーガイドは鉱夫が炭鉱で働いた時間は8時間と言ったが、本によれば太平洋戦争当時の鉱夫たちの労働時間は12時間だったという。食糧も十分でない状況で危険な仕事をそれだけ長時間やれば、映画に出てくるような事故も起きただろう。

『写真記録 筑豊・軍艦島』を読めば、軍艦島のみならず筑豊の炭鉱で当時多くの朝鮮人が働いていたことが分かる。写真を見れば、少年のように見える労働者もいた。

リュ・スンワン監督は「軍艦島の写真を見た時、この中で起きたであろう出来事が頭に浮かんだ」と話していた。最初に映画「軍艦島」を作ろうと思ったきっかけだ。劇映画で実際にはなかった集団脱出を描いたからといって「歴史歪曲」とは思わないが、軍艦島の歴史に日韓双方で敏感になっていた中での公開で、批判を浴びる結果となってしまったのは残念だ。

少なくとも私はこの映画をきっかけに軍艦島へ行き、林えいだいさんという偉大な記録者の存在を知った。

写真:筆者撮影(2017年7月)

次回(9月第3週更新)の連載は『写真記録 筑豊・軍艦島』の著者
林えいだいさんについてです。

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成川彩(なりかわ・あや)
韓国在住映画ライター。ソウルの東国大学映画映像学科修士課程修了。2008~2017年、朝日新聞記者として文化を中心に取材。現在、韓国の中央日報や朝日新聞GLOBEをはじめ、日韓の様々なメディアで執筆。KBS WORLD Radioの日本語番組「玄海灘に立つ虹」レギュラー出演中。

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