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台風一過、空を仰いで

英弘23年7月

地方大会準々決勝 Side フレア


「最強とか言われてるけど、意外と大したことないね」
相手ピッチャーが攻守交代に向かう途中でそう呟いた。明らかに、こちらに聞こえるような声量で

「、、おぃコラ、てめぇ、、!!」
マリンが今にも殴りかかる勢いで相手に詰め寄ろうとしたところを静かに止めにかかる
驚きと怒りの表情で振り返るマリン
同期も後輩も、不安そうな顔で見ている

「ここで手を出したら退場か失格になる。そうしたら私たちの夏は終わりだよ」
「だからって、、仲間が侮辱されてるのを黙って見過ごせって訳?!そんなの、、」
「そうは言ってない。ただやり方を考えなきゃってこと。頭を冷やして。それに、、」

「勘違いしないで。キレているのは、私も同じだ。」

自分でも信じられない程ドスが効いた声に驚いたが、この一声でチームは冷静さを取り戻したみたい
打者以外のメンバーはバックヤードで緊急MTG。先発したノエルの表情は暗いままだった

「わかった。でもどうする?初回4点取られた状況は変わらない。完全につかまる前に、予定外だけどローテーションを前倒すか、、」捕手としてマリンも少し平静を取り戻したようだ
「その必要はない」
思わず遮ってしまう。人には冷静にと諭すわりに、自分もまだ平常心ではないらしい

「そもそも相手は本当にノエちゃんを攻略してると思う?」

皆、俯いていた顔が前を向いた

「ノエちゃんに対して極端な対策を仕掛けてくるのは予想してなかったわけじゃない。まさか本当に全員バントでくるとは思わなかったけど。捨て身のプッシュバントがたまたま良い所に落ちただけ。確かに点は取られたけど、相手が完璧に対応した結果の失点とは私には到底思えない」

なおも続ける

「1年の頃からノエちゃんにだけ"受球"制限があって、チーム内の実践練習で1,2年相手に登坂禁止になってる理由を忘れたの」

その言葉で皆ようやく思い出したようだ

「あの球をバントした後でいつも通り動けると思う?」

「確かに。確実にダメージは残るね。初めてなら手腕の痺れでまともにボール握れないと思う」
「そういうこと」

マリンも理解してくれた。嬉しくなり自然とトーンが上がってしまう
「多分相手はウチの先発ローテーションと全ピッチャーの配球を、これまでの試合傾向から分析してきたんだろうね。配球を覚えてたから、バントとはいえ初見でも当てることができた」

確かに、、とぼたんとラミィ
「被弾した球種は全て2ストライクで追い込んだ直後のインハイのストレート。ノエル先輩のウイニングショットだけは徹底して研究・対策してきたんだろうと思います」
「獅白の言う通りで、逆に2ストライクまでは全て見逃し。しかもSFFには対応できていません。ベンチからみても"ヤマ張ってるな"って感じは見て取れました」
起こった事実と自分なりの分析を交え、先輩を立てつつ意見を言う。1年ながら頼もしい後輩たちだ

チームは納得の表情。そこでマリンも口を開く
「配球とコースが読まれてるなら別案(オプション)を使う?まだ誰にも晒してないから嵌まると思うけど」

「いや、ノエちゃんはこのまま続投した方が良い。理由は3つ」

「1つは、身体ダメージで自然と相手から崩れること。2つ目は、尻上がりに球威があがること。ノエちゃん元々抑えが本職だし。どちらも得点が成功体験になって引き続き打ちにくる前提だけどね。そして3つ目は」

「ノエルを侮辱した相手には相応の仕打ちを与えないと私自身怒りが鎮まらないことだ」
チームメイトの前でノエルと呼び捨てにすることはまずない。それだけ周りが見えてないってことだろう。言った後気恥ずかしくなって少しおどけてみてしまう

「と言うことでノエちゃん。私はノエちゃんが舐められっぱなしじゃ気が済まない。でもダメージが溜まるまでは、また当てられるかもしれない。それでもまだ戦う意志と覚悟はある?」

振り返ると暗い顔はそこにはなかった
目の奥に静かな闘志を感じる

「みんな、不安にさせてごめんなさい。いつも通り、その時に投げれる最高の球を投げ続けるから。だから、もう少しマウンドにいさせてください」
ノエルは深々と頭を下げた

「普通じゃダメだね」割って入ったのはマリンだった
「これまで通りじゃあ、私の怒りが収まらない。次の打席で1球、ジャイロを使う」
「4シーム以外は甲子園まで使わないはずじゃ、、」
「だから構えと逆球を投げて、すっぽ抜けたように見せかける。いきなりアレが来たら相手は何が起こったかわからないだろ。なにより次は私たちに捨て台詞を吐いた、あのピッチャーの打順だからな。それに、、何より逆球に見せかけるとしたら、後逸リスクがあるからランナーいない時にしか使えないしね」

「意外に冷静ぺこねマリリン」とぺこら
「でしょ~?🧡褒めて褒めて~🧡」
いつものマリンに戻ったようだ。「そこまでしてやりたいんかい!」と皆に突っ込まれている

「よし、作戦は決まったかな」
友田監督が口を開く
「投手交代は必要ないね?」
「「「「「はい!!!!!」」」」」
「じゃあ攻撃の作戦をおさらいしよう。まずは球筋をしっかり見る、そしてなるべく打順を回す。いつも通り繋がりを意識して~、、」

~攻守交代~
初回は三者凡退。青上高校4点ビハインドのまま

「あららまだ下げないの?懲りないなぁ。白銀さんも可哀想だよ」
「・・・」マリンは答えない
「まぁ、降ろせないよねぇ。期待しちゃうよねぇ。歴代最強とか言われてるピッチャーが地方大会のこんな弱小校に攻略されるなんて信じたくないよねぇ」

先程と同じくバントの構えで、カウントは2ボール1ストライク
(確かに速いけどコースも球種も想定通り。目も慣れてきたし御愁傷様だね)
次の1球、全く同じ投球モーションから放たれたのは、さっきとは似て非なる球

「、、ひぃぃ!」と尻餅を着く相手ピッチャー

~~~

(流石に、初見でアレを見たらビビるわな。笑)

ノエルは数種類の直球を投げ分けることができる
通常の直球はバックスピン、回転軸が地面と平行に近い4シームなら浮き上がる球筋が特長
そして今投げたジャイロボールは回転軸が地面と垂直の直球。初速と終速の差が小さくなるのが特長。4シームを待つバッターにとってはイメージとの不一致が起こる

つまり、どうなるか

ノエルのジャイロと対峙した人間は例外なくこのようなことを口にする
「膨張しながらボールが近付いてきた」
「ボールの存在感が尋常じゃない」
「目の前が真っ白になって、飲み込まれると思った」100マイル超えの直球が、一瞬で自分の視界を埋め尽くす
その恐怖心は尋常じゃない

(ここ一番のノエちゃんはやっぱりすごい)

「、、、そろそろ立ちなよ」マリンが促す
「、、!!審判!こいつらを早く退場に、、」
「聞こえてなかったかい?判定はストライク。まだ君の打順だよ」と続けるマリン
「そんな!?あれが!?むちゃくちゃだ!明らかな危険球ですよ!報復死球!!こんなことがあって、、」
「判定に不満があると言うことかい?」とアンパイア
「、、っ!わかりましたよ!!」

~プレイ再開~

「ケガはねーかよ?ビビり君?」
「お前、やっぱりわざと、、」
「おっと。しゃべる暇があったら目の前のボールに集中した方が良い」
「ッ!まぁいいや。お前たちの配球はバレバレなんだよ!!」
頭に血が昇ったのか、それとも作戦なのか、バントからヒッティングに切り替えた。カキーンという金属音が響く

「「まぁ、もっとも」」

「「普通に打とうとした時点で前には飛ばないと思うけど」」

~ファウルボールにご注意ください~
会場アナウンスと同時に、相手バッターがうずくまる
「今の真芯で捉えたはずだろ、、?しかもなんだよこれ、、重いなんてもんじゃ、、」
「立ちなよビビり君。まだ君の打順は終わってないよ?」
「ヒィッ…?!」

(甘く見すぎかな。色々と)
ノエルは100マイルの住人だから最強なのではない
極めて高い回転数を、回転軸とともに自在に操れるから最強なのである
球速もジャイロもその産物でしかない
同じ速度帯であっても、一般的な直球とは一線を画すノエルの直球
狙い球を絞らせず、山を張って当てたところでその球威にねじ伏せられる
それはまさしく、怪物・怪童と呼ぶにふさわしい

その後、相手バッターは再びバントに切替え、何とか粘って数球当てたものの、結局はキャッチャーフライに終わった
むしろよく当てたと思う
「惜しかったねビビり君。次は前に飛ばせると良いね(にっこり)」
「くそ、最後まで、、」
「あ、そうそう」

「君の自慢の細腕、無事だと良いね」

~攻守交代~

(単なる精神攻撃か?必死だね!!)
だが投げたボールはすっぽ抜けてしまう

「指が、かからない。力が入らない、、まさかさっきの打席で、、?」

ワイルドピッチの後逸に四死球が重なりあっという間に無死満塁

~7番、レフト、不知火~

「やっぱり何ともない訳ないよねぇ」
ゆったりとした動作でボックスに向かい、いつも通りのルーティーンのあと、バックスクリーンにバットをつき出す

「悪いけど、ノエちゃんには余計なプレッシャーとか感じない状態でリベンジして欲しいんだよね」
「ッ!舐めるな!」
(そうだ。身体のことは考えなくていい。目の前の打者にベストボールを投げ込むだけだ!)

一閃

快音が響き、宣言通り走者一掃の満塁ホームラン
「これで振り出しだね」
「あぁ…」相手チームから聞こえる、声にならない声

ダイヤモンドをゆっくり回る
ホームイン後に仲間とハイタッチ
打席に向かうノエルに叫ぶ

「思いっきり楽しんできてね!」
「、、、うん!」

~8番、ピッチャー、白銀~
「フレア、みんな。行ってきます!」
ベンチにガッツポーズした後、フレアに続くホームラン宣言
そして

~ゲームセット~

((誰かのためにホームランを、と思ったのは初めてかもしれない))
試合終了のアナウンスを聞きながら、そんなことをふと思った

打線が爆発した青上高校は10点差コールドで勝利
3者連続ホームランは伝説として今も語り継がれている

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