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アデュー

かつて上司だったMさんは、ドナルド・トランプのような難解な髪型をしていた。
何度か間近でみたが、髪は複雑に重ねられていて、とにかく薄毛を隠したいのだろうということはわかった。
地肌を直接黒く塗っていたからだ。
アトムかよ…と心の中でよくツッコんだ。

そんなMさんは仕事はさっぱりだったが、上司へのゴマすりだけでサバイブしていた。
あらゆる送迎から、こまめなプレゼント&お土産などなど、清々しいほどのゴマすりテクを駆使しながら。

ある日、Mさんは僕にプレゼントをくれた。
ちっさいドラえもんがびっしりプリントされた青いネクタイと、海外みやげによくあるスケベボールペンだった。
「サイパン土産です!アデュー!」とくせのある字でメッセージがあった。
アデューはマヒャド級に周囲を凍てつかせる彼の鉄板ギャグだ。

サイパンにいつ行ったんですか?と聞くと、0泊2日の週末サイパンだよ!と言っていたが、お土産はどう見ても日本で買ったものだったし、週末彼を近所のパチンコ屋で見た者もいた…。

ある年、彼は不倫し、それが問題となったため、当時人事にいた僕は事実確認のため彼と面談した。

Mさんは事実を全面否定し、天地神明に誓ってそんなことはしていない!
そんなこと言われるなんて心外だ!
きゅうり、お前を見損なったぞ!
不愉快だ、失礼する!と言ってその場を去っていった…。
あまりにも芝居がかった口調に笑いを堪えるのに必死だったが、僕は不倫の事実を知っていた。

以前ラブラブで鍋物の材料を買っているところを目撃していたからだ。
でも僕はその事実を黙っていた。
否定されればそれまでだし、彼のファンとして、彼のダンスステップをもう少し見ていたかったからだ。
天地神明の価値は大暴落だが…。

だが、その翌年、彼は突然退職し、そのまま駆け落ちした。
そして半年後、ひとりで首を吊った。
周りはみな苦笑いしていたが、僕は彼の体を張った生き様をもう見れないことが本当に残念でならなかった。
僕はMさんのように胡散臭い人が大好きなのだ。

あれから10年が経ち、昨日は彼の命日だったので、ドラえもんのネクタイを見ながら、スケベボールペンをゆらゆらした。

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