禍話リライト「生き埋めの写真」

 次は近所のお兄さんの話です。

 年号がまだ昭和だった頃の話。

 当時小学生だったFさんの家の近所に、大きな家があった。
 その大きさはかなりのものだったらしく、家の敷地の入り口には立派な木製の門があったという。
 そこには大学生ぐらいの年の頃の、Tさんという青年が一人で暮らしていた。Tさんは少し頭が良いお兄さん、として近所では名が通っていたそうだ。

 今よりも何もかもが緩い時代。
 Tさんは家の広さを利用して、近所の子供たちを集めて勉強を教える、インディーズの塾のようなものをやっていたという。
 子供たちからしてみれば、学校帰りにTさんの家に寄って宿題や勉強を済ませてしまえば、後は家に帰ってご飯を食べてテレビを見て寝るだけ、という楽な状態にできることがとても大きかった。勉強のお供としてお菓子や飲み物が供されるのも、子供たちにとっては非常に魅力的だった。
 そのため、平日の放課後には当時のFさんと同じ年の頃からやや年上のぐらいの年齢…具体的に言えば小学四~六年生の子供たちが、Tさんの家に何人もたむろしていた。
 この件は近隣住民や学校の教職員も認知していたという。
 Tさんはそういった大人たちからもかなり信頼されていたらしく、むしろ親から「今日もTさんのところで勉強しておいで」などと勧められるような状況だったそうだ。

 ある日の夕方。
 Tさんの家での勉強を終えて帰り支度をしていると、急に空が暗くなり、やがて結構な勢いの雨が降り出した。
 大粒の水滴が、強風で揺れる窓ガラスを強く叩く。
「うわ、こえ~!」
「オバケとか出そうな雰囲気になってきたな…」
 そんなたわいもない会話をきっかけに、帰ろうとしていた子供たちの間で「怖い話をする」流れになったのだという。

「…Tのお兄さんはさ、なんか怖い話とかないの?」
「え?」
 誰かがTさんに話を振った。
「怖い話ねえ…ああ、お兄さんね、怖い写真持ってるよ。親戚のおじさんが撮った写真なんだけど…」
 Tさんの一言で子供たちは盛り上がった。昭和の時代、「怖い写真」と聞けば誰もが心霊写真を想定した。
「え!もしかして心霊写真!?」
「指差すと祟られる!みたいなやつだ!」
 そんな子供たちの声を背に
「いや、心霊写真じゃないんだけどさ。なんというか、不思議な写真というかね…」
 そう言いながら、Tさんは棚の抽斗の下の方―今思えば、大事なものを仕舞っておくような場所―から、”それ”を取り出した。

・・・

「当時は子供だったから、そういうもんなのか、と思って特におかしいとは思わなかったんですけど…」
 Fさんは言う。
「大人になった今考えてみたら、おかしいんですよね。その写真、白い布に包まれてたんですよ」

・・・

 白布の包みの中から現れた写真を見た子供たちは、
「は?」
 無意識のうちに疑問の声を口から吐き出していた。

 白布の包みの中から現れた”それ”は、完全に真っ黒な写真だった。
 何が写っているのかすらわからない、というレベルではない。本当に真っ黒なのだ。
 もしかして、目を凝らしたら幽霊に見えるような何かや奇妙なものが写っているのではないか…そう思って子供たち全員で目を凝らしてみるものの、やはり何も見えない。

 子供たちが頑張って「写真に何かが写っていないか」と探す様子を、Tさんは何故か得意げにニコニコと笑みを浮かべて眺めていた、という。

「どう?わかる?」
「いや、分かんない…」
「え、真っ暗だよね?」
「そう。真っ暗だろう?」

 Tさんは妙に得意げな態度のまま写真の説明を始めた。

「これね、親戚のおじさんが事故で生き埋めみたいな状態になったんだ」
「は!?」
「え、その人大丈夫だったの?」
「いやまあ、大丈夫だったんだけどさ。その時におじさんが撮った写真なんだよね」

 …正直、子供が「怖い話」として受け取るにはややハードルの高い内容である。
(…は?)
(え?)
(…ん?)
 それが子供たちの素直な感想だった。

「いや、そのおじさんは本当に大丈夫だったの?」
 小学生ぐらいの年の頃の子供としては、まずそのおじさんの安否が気にかかる。
「だからおじさんは大丈夫だったんだって。ここにこの写真があるってことはさ、そういうことだろ?」
「うん…?」
「ああ…まあ…そうか」
 もちろんそう言われたらその通りなのだが…。

 子供たちは全員、なんだかしっくり来ないというか、釈然としないというか…そんな心持ちだった。Tさんがずっと妙に得意げな態度を取っていることも、なんとなく引っかかる。

「ああ…じゃあ、その人が生き埋めみたいなことになったときにたまたまカメラを持ってたから、こういう写真が撮れたんだね」
 子供たちのメンツの中でもひときわ冷静なNくんが、ここまでの話を綺麗に要約した。
「たまたまカメラ持ってると、こういう写真も撮れるんだな…」
 今のように、カメラ付きのスマートフォンで生活の中の様々を常に記録できる時代ではなかった。

 なるほど、確かに。
 そういう意味ではこれはそれなりに貴重な写真…なのかも…。
 Nくんのその一言で、なんとなく場が収まった。

「じゃあ、もう帰ろっか」

 気付けばあれだけ激しかった雨は既に小降りになっていた。
 それにもうすぐ夕食の時間だ、さすがにそろそろ家に帰らないと親に怒られる。
 Tさんに写真を返して、子供たちは帰り支度を始める。
 その帰り支度の途中。Fさんは何となくTさんの方を見た。

 Tさんは、なにかを疑問に思っているような…例えば、「言われてみればそうだよな…?」とでも言いたげな、何とも言えない表情をしている。

 え、何その顔?

 少し疑問に思ったものの口には出さず、そのまま「また明日ね~」と挨拶をして、子供たちは各々の家に帰った。
 それぞれが、何かを解せない気持ちを胸に抱えながら。

・・・

 翌日の放課後。

 FさんがいつものようにTさんの家に行くと、まだ他の子供たちは誰も来ていない状態だった。
(おお、一番乗りだ)
 この時間のTさんの家は子供の出入りがほぼ自由な状態になっている。
 いつものように玄関から家の中に入ると、
(ん?)
 遠くの方からTさんの声がする。

 その声色が、明らかに子供たちに話しかけているときと雰囲気が違う。
 ああ、これは大人のひとと喋っているんだな、ということが小学生のFさんにもすぐわかるような声だったという。
 玄関を見渡してみると、自分以外の靴は無い。
 しかしこれだけ広い家だ、もしかしたら別に勝手口などがあって、そこから誰か客人が来たのかもしれない。
 これは…例えば、親戚の人や何かしらの関係者が家に来ていて、あまり子供が聞かない方が良い類の話し合いをしているのではないか。

(あれ…これ、家に上がっちゃダメなやつだったかな?)
 そう思ったFさんは子供なりに気を利かせて、自分の存在をアピールしてみることにした。
「こんにちは~!勉強しに来ました~!」
 それなりの大きさの声で挨拶をした。これならTさんも気付くはずだ。
 しかし会話の声は止まらない。仄かな疑問を抱きつつ、いつも勉強をしている部屋の方へと歩みを進める。
 声のする方向に近づくにつれて、少しずつTさんがどういう状態なのかが分かってきた。

 Tさんは怒っていた。
 一方的な憤りを何者かに対してぶつけている。
 しかし、どれだけ耳をそばだてても、相手の声が聞こえない。
 そしてよく聴くと、Tさんは同じような内容を何度も繰り返し話しているようだ。
(…あ、電話してるのかな?)
 相手の声が聞こえないのは、電話越しに喧嘩をしているからではないか。
 また、電話の向こうの相手の話の呑み込みが悪く、そのせいで同じ内容を繰り返し言い聞かせる羽目に陥っているのではないか。
 そう考えれば、自分の挨拶が届かなかったことにも納得できる…。
 そのように考えながら、歩みを進める。
 はじめは子供にはわからない難しい言葉が混ざっていたせいで、よく分からなかった話の内容が。
 都度、違う言葉を使って、何度も繰り返されていたせいか。
 Fさんにもだんだんわかるようになってきた。

 お前にはカメラの趣味なんか無かったんだから、あんな事故のときにカメラを持っている筈がないだろう。
 だから、あの話は嘘だったんじゃないのか?

 Tさんはそういった内容のことを、繰り返し言い続けている。
 すぐにピンと来た。
(…あれ?これって…昨日見せられた写真のことじゃん!)
 昨日のNくんの指摘のせいで、写真を撮った親戚のおじさんと喧嘩になってしまったのではないか…Fさんはそう考えたのだそうだ。

 あの写真、なんか丁寧に布に包んであったからなあ。
 かなり大事なものだったんだろうし…それにケチ付けたのは…まあ、よくなかったんだろうな。
 今日、Nくんが来るかどうかまだわからないしなー。
 とりあえず自分が一足先に謝っておいた方が良いかなあ?

 そんなことを思いながら、声のするほうに視線を向ける。

 そこには、あの真っ黒な写真に向かってひとり怒号を浴びせ続けるTさんの姿があった。

(あっ)
 Fさんはそのまま踵を返し、足早にTさんの家を後にした。

 帰る途中、Tさんの家に向かおうとしている友達たちに出くわしたので、Fさんは彼らに聖人君子のような笑顔でこう告げた。
「帰りましょう」
 Fさんは状況を呑み込めていない彼らをそのまま公園に連れていき、今見てきたことをすべて説明したという。
「行ってはいけない」
 みな即座にそう理解し、全員Tさんの家に向かわずに帰宅したそうである。

・・・

 その日を境に、子供たちはTさんの家には行かなくなったという。
 ただ、何故そうなったのか、ということを親に説明することはなかった。
 理由は二つあった。
 まず、こんな変な話をうまく説明できるはずがない、という普通の理由。
 そしてもう一つ。これはもしかしたら、自分たちのせいなんじゃないか、ということにうっすら引け目を感じていたのだそうだ。

 そのうちに、Tさんが引っ越してしまったらしい、という話が流れてきた。
 しかし、一応そういった情報は入ってきたものの、何故か大人たちはその詳細を語りたがらない。あんなにTさんの家に行くことを勧めてきた親たちも、この話題が上ると「このことには触れてくれるな」というような雰囲気を出してくる。

 気になったFさんたちは、Tさんの引っ越しの話が町内に流れてから一カ月経った頃に、Tさんの家へと行ってみた。

 敷地の入り口に設えられた木製の立派な門が、鎖できつく縛り付けられていたそうである。

 Fさんたちはそれを見た瞬間に、子供ながらにすぐに解ったのだそうだ。 
 ああ、これは普通の引っ越しじゃなかったんだろうな、と。


◇この文章は猟奇ユニット・FEAR飯のツイキャス放送「禍話」にて語られた怪談に、筆者独自の編集や聞き取りからの解釈に基づいた補完表現、及び構成を加えて文章化したものです。
語り手:かぁなっき
聞き手:加藤よしき
出典:"禍話インフィニティ 第三十夜"(https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/786983697)より
禍話 公式twitter https://twitter.com/magabanasi

☆高橋知秋の執筆した禍話リライトの二次使用についてはこちらの記事をご参照ください。