禍話リライト「帰れないカップル」

 なんかね、「このダムすげえ怖いんだってね」って…。

*

 北九州のとあるダム。
 そこは心霊スポットとして有名らしく、特に周辺に併設された、ダムの上まで続いているサイクリングロードが「ヤバい」と噂されていたという。

 そのダムに友人とふたりで真夜中に肝試しに行った、ある人の体験。

 車から降りて、真っ暗な山道を懐中電灯で照らしながら歩いていると、前から一組のカップルがやってきた。
(ああ…有名なところだからやっぱりみんな肝試しに来てんだな…)
 その時はそう考え、特に何の疑問も感じなかったという。
「こんばんは」
 なんの気なしに挨拶をすると、
「あ、こんばんは~」
 向こうからも挨拶が帰ってきた。

 カップルとすれ違ってしばらく経った時、友人が不意に口を開いた。
「…ちょっと待て」
「どうした?」
「俺らが車停めたときにさあ、周りに他に車なかったじゃん。あいつらどうやってここに来たんだ?…歩いてきた?」
「え、そんなわけないじゃん、こんな山ん中…」
 思わず周りを見渡す。
 ここは車で来るのにも一定の時間を要するような山の中、更に辺りは完全に深夜の闇に包まれている。とてもじゃないが麓から徒歩で来れるような状態ではない。
「…え、どっかにバイクとかあるんじゃないの…?」
「でもさあ、絶対周りに乗り物他に無かったじゃん、車停めたときにさあ…」
「だよねえ…」
 完全に怖くなってしまい、その場でUターンしてそのまま帰ることにした。

 車を停めた場所の近くまで戻ってきた。
「あのカップル、どうやって帰るんだろうな…」
 そんなことを話しながら、懐中電灯で前方にある自分たちの車を照らす。

 後部座席にさっきのカップルが座っていた。
 窓の向こうから、こちらの方をじっと見下ろしている。

「うわああっ!!!」
「えっ!?なんで!?」
「おいおいおい!!」
 二人で一通り騒いだ後に、思わず
「帰り、俺ら!?」
 と単語だけで叫んでしまった。

 それからが大変だった。
 あまりに怖いので車には乗れない。しかし周辺にはコンビニなどはないし、携帯の電波も上手く入らない。どうしようもないので、ひたすら煙草を喫って時間を潰した。そのあいだも定期的に車の方を見てみるが、やはりあのカップルは後部座席に座り込んでいる。
 最後の方はやけくそになり、「煙草おいしいねえ」などと訳の分からない会話をしていたらしい。

 結局、車の中からカップルの姿が消えたのは、早朝の3時か4時ぐらいのことだったという。


◇この文章は猟奇ユニット・FEAR飯のツイキャス放送「禍話」にて語られた怪談に、筆者独自の編集や聞き取りからの解釈に基づいた補完表現、及び構成を加えて文章化したものです。
語り手:かぁなっき
聴き手:佐藤実
出典:"禍ちゃんねる ピーターの帰還回"(https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/555348441)より
禍話 公式twitter https://twitter.com/magabanasi

☆高橋知秋の執筆した禍話リライトの二次使用についてはこちらの記事をご参照ください。