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Pavement『Crooked Rain, Crooked Rain: LA's Desert Origins』

 2004年発売。1994年にリリースされた『Crooked Rain, Crooked Rain』のデラックス盤。

 オリジナル盤及びアルバムの内容についてはこちらの記事を参照。

 各ディスクに「Back to the Gold Soundz (Phantom Power Parables)」「After the Glow (Where Eagles Dare)」と名付けられた2枚組の構成になっていて、他のデラックス盤と比較しても蔵出し音源の数がかなり多い。
 逆に他のデラックス盤に収録されているライブ音源やラジオ番組等に出演した際に披露したスタジオライブの音源は殆ど収録されていない(disc2終盤にJohn Peel Sessions出演時の音源が4曲入っているのみ)。内訳は以下の通り。

  • シングル盤「Cut Your Hair」「Range Life」「Gold Soundz」のカップリングに収録されたB面曲群(7曲)

  • オーストラリアなどのツアーで販売された「Gold Soundz」シングル盤のみに収録されていた「5-4 = Unity」の別バージョン「5-4 Vocal」

  • アルバムのオリジナルLP盤に付属していた7インチシングルの収録曲「Jam Kids」「Haunt You Down」

  • コンピレーション盤収録曲「Unseen Power of the Picket Fence」「Nail Clinic」

  • 1993年、ゲイリーの脱退前に録音された未発表セッションの音源(8曲)

  • アルバムの録音セッションにおけるアウトテイク集(13曲)

  • 1994年にJohn Peel Sessionに出演した際の音源(4曲)

 盛りだくさんにも程がある。特にdisc2はほぼ丸ごと未発表音源。
 デラックス盤の宿命で「Filmore Jive」で終わるというアルバムの構成が崩されてしまっている点が悩ましいが、それでもここでしか聴けない音源が大量にあることは大きく、いまから今作を聴くならば、間違いなくこちらを探した方が良い。

 まずdisc1のボーナストラック群。

 B面曲群は前作の延長線上にある曲やかなり実験的な曲も多く、これを聴くとアルバム本編はやはり意図的に前作とは違う方向性の楽曲を揃えたのだろうと推測できて面白い。それ以前の問題でアルバム本編には入らないだろうな…という曲も多いが。
 個人的には「Coolin' by Sound」「Strings Of Nashville」「Exit Theory」辺りが好き。
 特に「Exit Theory」はいきなりフェイドインで始まってあっという間に終わる、という編集されたような状態で収められている1分の小曲で、実際「Edit」と表記されていることもあったらしいが、多分フルバージョンはどこにもない。
 
彼らの変なひねくれっぷりが頂点に行ってて面白い。しかも結構良い曲なのに。

 また、ツアー用のシングルにのみ入っていたというレア曲「5-4 Vocal」けっこうな怪曲。
 
ただでさえ我流「Take Five」という実験的なことをやっていた「5-4 = Unity」にさらに謎なボーカルとギターが追加されていて、アルバムの中で異彩を放っていた曲が更に異常なオーラを放っている。

 アルバムのオリジナルLPに付属していた7インチに収録されていたという2曲は、どちらも遊びのセッションのようなスッカスカの曲で脱臼の極み。特に「Jam Kids」はグダグダもいいとこで笑ってしまう。
 ただ、「Haunt You Down」はPavementが緩い曲を演奏した時に生まれるあの独特の間をうまく活かした曲でけっこう良い。
 そんな内容ながら両方ともアレンジ的にはやはり既存のロックからの脱却が恐らく意識されていて、やはりここは『Crooked Rain, Crooked Rain』だなと。

 コンピ収録曲はどちらも秀作で、特に「Unseen Power of The Picket Fence」)は現行のメンバーで録音した初めての楽曲というトピックもさることながら、ローファイ期Pavement最後の傑作、といった趣がある名曲でファンからの人気も高い重要曲。個人的には「Nail Clinic」も超好き。

 そして目玉のdisc2。

 ゲイリー在籍時に録音された未発表セッション集は、『Slanted & Enchanted』のリリース直後(録音からはちょっと経ってるけど)に既に同作とは別の方向性を模索していたことが分かる重要な音源。

 とりわけ後に今作に収録されることとなる「Range Life」、「Stop Breathing」、「Ell Ess Two」(「Elevate Me Later」の仮タイトル)の3曲は、いずれも完成版とは若干異なった趣も感じられる(特に「Range Life」はアコギが使われていないためやや印象が異なる仕上がり)が、この段階で既にアレンジそのものは殆ど完成に近い状態になっていて、この時点で今作のコンセプトが既にバンドの中で固まっていた(そしてそれ故にゲイリーの離脱が余儀なくされた)ことがわかる。「Ell Ess Two」に至っては完成版よりもカントリーっぽい雰囲気だし。

 後に『Wowee Zowee』に収録される「Frux = Rad」のプロトタイプ版が聴けるのもポイント。
 まあ音源的にはパートの繰り返しが多いわりにサビがまだない状態で、更に何故かベース不在の謎アレンジ(しかも最後ボーカルミスってない?)という未完成もいいとこな感じなんで、完成版の方が全然良いけど。
 アウトテイクの中では他と比べると露骨に『Slanted & Enchanted』っぽさが漂う内容になっているので、こうしたアレンジの曲はまだ『Slanted & Enchanted』の方法論で続けるかどうか迷っていたのかもしれない。

 未発表曲の中だと、素晴らしいメロディと不可思議な展開が同時走行する「All My Friends」がとても良い。
 これボツなんだ…。後の「half a canyon」や「The Hexx」に繋がるようなジャムセッション的要素も感じられるし、アルバムの中で異彩を放つ飛び道具的な曲として重宝されそうな良い曲なんだけど。
 インストの状態で収められている「Bad Version Of War」も実験的なアレンジが面白い曲で、ちゃんと歌メロを乗せて完成させていたら結構名曲になっていたかもしれない感じがある。

 アルバムのセッションで録音されたアウトテイク集は『Wowee Zowee』収録曲のプロトタイプ版が複数収録されており、こちらも興味深い。

 特に「Pueblo」サブタイトルに「Beach Boys」と冠された、アカペラっぽいコーラスを中心に置いた(ちゃんと聴いた事ないから推測だけどたぶん)Beach Boys風のドリーミーなアレンジになっていて、完成版とのかけ離れっぷりが結構衝撃的。というかPavementにこんなアレンジの曲は他にない。もしもこのバージョンをベースにしたアレンジで『Wowee Zowee』に収録されていたら、アルバム全体の雰囲気がだいぶ変わっていたんじゃなかろうか。
 
一方で「Grounded」「Kennel District」なんかはこの時点で結構完成版に近いアレンジになっている(ただ「Kennel District」はちょっと未完成感強いか?)。
 また当時のシングルのB面曲として発表されたインスト曲「Kneeling Bus」の歌入りバージョン「Rug Hat」なども面白い。

 ただこのアウトテイク集は前半のゲイリー在籍時の未発表セッションとは違って、後半になるとドラム入れるまで至らなかったみたいな音源ばかりになって急速に「ボツ曲集」になるので笑ってしまう。
 この地帯の楽曲の投げっぷりは『Westing (by musket and sextant)』に並ぶレベル。「Colorad」とか1分間ただシンセ弾いてるだけだし。
 まあここら辺の曲にも魅力はあるっちゃあ…あるけど…あるのか?…まあアウトテイクだよね…良くも悪くも…。

 そんなこのセッション音源の目玉は何と言っても「Hands Off The Bayou」!
 
爽やかでちょっと感傷的なリフが軸になった素晴らしいポップソングで、サビ終わりに急にノイジーになる不思議な展開も含め本当に魅力的な存在。
 個人的には「Cut Your Hair」「Gold Soundz」辺りに肩を並べるレベルの名曲だと思う。独断と偏見で言い切ってしまえば、これ聴くためにデラックス盤買うべきまである。
 この曲に関してはアレンジ的にもほぼ完成状態だし、ボツになったのはかなり謎。正式に発表されていたらかなりの人気曲になったと思うんだけど、なんで外されちゃったんだろ…。

 John Peel Sessionの音源未音源化の2曲『Wowee Zowee』期の曲のプロトタイプ2曲で構成。
 個人的には「Brink Of The Clouds」はこっちのほうが好き。あとここでは「Pueblo」が「Pueblo Domein」というタイトルで既に完成版に近いアレンジになっている。

 :ちなみにこの「Unseen Power of The Picket Fence」では一曲丸ごと使って南北戦争とダブらせた名指しのR.E.M.批判を展開していて、やはり今作の方向性とのリンクが…と一瞬思わせるのだけど、実はマルクマスはR.E.M.大好き人間(インタビューでもR.E.M.の話は素直にするらしい)で、「Cut Your Hair」のシングル盤のカップリングでR.E.M.の曲「Camera」をカバーしている(今作にも収録)し、ソロになってからのライブでもR.E.M.の曲をカバーしているらしい。
 じゃあなんでこんな内容なのかと思ったら、どうやらこの曲は当時のR.E.M.の方向性があまり好きじゃなくて作った拗らせオタク全開ソングらしい。愚痴垢で推しに対する不満を言うtwitterのオタクかよ。しかもその内容で曲がめちゃくちゃカッコいいので余計面白い。
 …そんな曲が先述のR.E.M.のカバー(「Camera」)と一緒のCDに入っているの、色々とすごいな。