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Pavement『Crooked Rain, Crooked Rain』

 1994年リリースの2ndアルバム。

 EP『Watery, Domestic』のリリース後にドラマーの変なおっさんことゲイリーが脱退(というより解雇)。
 
その理由には諸説あるが、マルクマスによると主因はゲイリーのアルコール依存症、そしてゲイリーが所有するスタジオでの録音の限界が見えてきたことと説明されている。
 ちなみにゲイリーは後に2010年の再結成の時にちょびっと参加しているので、メンバーとの交流は現在でもある程度存在するっぽい。
 近年のインタビューで解雇や再結成参加時の内情が本人の口から結構細かく説明されている。

 その後、ナスタノヴィッチの旧知の知人で、かつマルクマスのバイト仲間だったスティーヴ・ウェストが後任のドラマーとして加入。
 ただマルクマスは彼のドラムにはあまり満足していない節があったとも言われているらしい。その割には解散後もPavementの再結成じゃないところでマルクマスと共演したりしているが…。

 1999年の解散に至るまで、バンドはこの編成で活動を続けることになる。
 またこれに伴いメンバーの中にスティーブが二人発生してしまったため、私のような文章を書く人々は皆スティーブ・マルクマスのことを「マルクマス」と書かなくてはいけなくなった。いや別に良いんだけど。

 今作も2004年に2枚組のデラックス盤『Crooked Rain, Crooked Rain: LA's Desert Origins』がリリースされている(上に埋め込んだのもこちら)。
 今作は先述したようなメンバー交代の影響もあり未発表テイクがやたら多いため、『Slanted & Enchanted: Luxe & Reduxe』と同じく、これを最初から買った方が良いと思う。詳しくはこちらの記事を参照。

 まず最初に言えるのは、Pavementの音は今作からもう殆どローファイじゃない、ということ。

 演奏技術は多少の怪しさを残しているものの、曲の土台を成すドラムがウェストによる安定感のあるプレイに切り替わったことによってバンドのプレイそのものが良い意味で整理され、圧倒的に聴きやすくなった。
 音作りも前作の音の塊のような異様な音像から一転、各パートの分離もよく音質もクリアになってかなり透明度が上がっている。
 今作の進化はこの音作り及び音質の向上によって成されている部分もとても大きい。マルクマスがゲイリーのスタジオでの録音に限界を感じたというのも分かる気がする。

 それに伴ってアレンジ力の多彩さに磨きがかかり、メロディワークの繊細さもよりストレートに感じられるようになった。これ以降の作品で頻出する「ピアノなどの鍵盤楽器の使い方の絶妙さ」も、今作から表出するようになった要素である。彼らの作品を順を追って聴いていると、ここで急にギアの入り方が変わるので結構驚く。
 やはりPavementの作品でローファイの領域に含めることができるのは、やはり『Westing (by musket and sextant)』『Slanted & Enchanted』の二作だけだろう。Pavementにおけるローファイ風の要素って、案外ゲイリーによるドラムが重要だったのかも。

 それにしても今作収録楽曲のアレンジの多彩さは本当にすさまじい。
 前作の雰囲気を意図的に踏襲したであろう「Silence Kid」「Hit the Plane Down」、キャッチーな「Cut Your Hair」(言わずもがな名曲)、ライブで盛り上がりそうなグランジ風の「Unfair」、カントリー調のポップなアレンジでグッドメロディを切々と奏でる「Gold Soundz」「Range Life」と、トラックが変わる度に雰囲気を切り替えることに見事に成功している。
 更にはどす暗く内省的なメロディとシリアスが過ぎるアレンジが強烈なPavement史に残る謎曲「Newark Wilder」や、唐突に我流の「Take Five」を披露する怪曲「5-4 = Unity」のような実験にまで挑戦していて、前作よりもわかりやすく才気のほとばしりを感じることができる。
 そんな今作の進化の成果が最後の長尺曲「Filmore Jive」に集約され一気に炸裂する様はまさに圧巻。アルバム全体の構成力の高さも、力押しだった前作のそれから明らかに一つ上のレベルに至っており、俗っぽい言葉で表すならバンドとして「覚醒」した感がある。

 そして今作の一番の特徴は、ノイズをかけたリフを中心にした曲の少なさだ。

 ノイズギターが楽曲を先導する「Unfair」やいかにもオルタナな「Elevate Me Later」「Hit the Plane Down」のような楽曲もあるのだけれど、今作を先導しているのはやはりオールドスクールなロックンロールを90年代オルタナの流儀でアレンジしたような「Cut Your Hair」やカントリー調のポップソングであるところの「Gold Soundz」「Range Life」だし、それ以外の曲もブルージーな趣が強かったり、オルタナっぽい雰囲気であってもノイズギターは最後まで登場しなかったりという調子で、つまりここでは前作で用いた”ディストーションの掛かったギターを前面に出して勢いで突っ切(っている風に見せ)る”という形式が、見事に作品の中心から外されている。
 
先に書いたようにミックスや録音が整理されたことによる印象の変化もあるのだろうけれども、それ以前に曲の建付けがポップなように思う。

 デラックス盤であるところの『Crooked Rain, Crooked Rain: LA's Desert Origins』に収録されたB面曲やアウトテイク曲を聴くと、その中には前作のフォーマットを用いて作られた曲が何曲かあって、やはり前作の作風に近い楽曲はここでは意図的に外されたんじゃないかと思わせる。

 バンドは今作でなぜこのような表現に至ったのか。それは恐らくこの作品の核を成すコンセプトと密接に関わっているのではないか、と私は推測する。

 今作で一番有名なのは恐らく「Range Life」のこのフレーズだろう。

Out on tour with the Smashing Pumpkins
Nature kids, I, they don't have no function
I don't understand what they mean and I could really give a fuck
The Stone Temple Pilots, they're elegant bachelors
They're foxy to me, are they foxy to you?
I will agree they deserve absolutely nothing, nothing more than me

(Pavement 「Range Life」 作詞:Stephen Malkmus)

 名指しでスマッシング・パンプキンズを批判したこのフレーズ(しかもFワードまで使って…)はあらゆる意味で火種となり、直後のロラパルーザの出演にまで影響を及ぼした。
 ビリー・コーガンはこのことを未だに根に持っているらしく、2010年に再結成したPavementとフェスで共演することになったときにtwitterでこの件を蒸し返している。まあ仕方ないですよね。
 
ただその直後に結構な表現でdisられているストーン・テンプル・パイロッツに関しては揉めたって話を聞かないんだけど、これは何故?どうもストーン・テンプル・パイロッツさん側はこの頃バンドの内情が大変だったらしいので反応する余裕がなかったんだろうか…。

(ちなみにマルクマスは「Range Life」の歌詞について、「メディアは「Heaven is a Truck」のような美しい歌詞よりもこういう歌詞の方が好き」みたいなことを言っていたらしく、実際「Heaven is a Truck」の歌詞は曲との調和具合も含めてPavement屈指レベルで素晴らしいのでその気持ちはちょっとわかる)

 マルクマス本人はあくまで「老ヒッピーの視点から書いただけ」「彼らのことを嫌ってるとかはない」などと言っているが、これと併せて「Cut Your Hair」の歌詞を読むと、それは絶対に嘘だろ…と思ってしまう(ちなみにスコットは「Range Life」の歌詞を最初にマルクマスから渡されて読んだ時に「昼飯を全部戻すかと思うぐらい笑い転げた」らしいので、繰り返すようだが「彼らのことを嫌ってるとかはない」はやっぱり嘘だと思う)。

Music scene is crazy, bands start up
Each and every day
I saw another one just the other day
A special new band
I don't remember lying, I don't remember a line
I don't remember a word
But I don't care, I care, I really don't care
Did you see the drummer's hair?

(Pavement 「Cut Your Hair」 作詞:Stephen Malkmus)

 ここでは2番のわかりやすいところだけを引用したけれども、「Cut Your Hair」の歌詞は全編に渡って90年代の音楽業界、特にロックシーンを批判する内容になっている。
 はっきりとした名称を出さないまでも、「オルタナ」「グランジ」といった言葉に釣られて結成されるいくつもの新人バンドと、それを食い物にする音楽業界をかなり直接的に風刺している。いつものPavementの歌詞のように、訳の分からない表現で煙に巻くことも殆どしていないので異様だ。

 そして最終曲の「Filmore Jive」でついに直接的なフレーズが歌われる。

The jam kids on their Vespas
And glum looks on their faces
The street is full of punks
They got spikes
See those rockers with their long curly locks?
Good night to the Rock 'n' Roll era
'Cause they don't need you anymore
Little girl, boy, girl, boy

(Pavement 「Filmore Jive」 作詞:Stephen Malkmus)

 つまり今作は、90年代当時の音楽シーンにおける既存の「ロック」に対して中指を突き立てることが目的の一つとして内包されているアルバムだ。

 もちろん今作にも煙に巻いたような半ば意味不明な詩表現を用いた曲も存在するが、今作収録曲の歌詞はいつにも増して直接的な表現が多く、前後の『Slanted & Enchanted』『Wowee Zowee』と比較してもはっきりと異様だ。
 2番で唐突に「エレキギターと寝て映画スターとレンジ・ロービングする奴ら」に対する拒絶が歌われる「Elevate Me Later」、消費社会への風刺のような歌詞の中で「最後のサイケデリックバンド」なるものも一緒にdisる「Unfair」、マルクマスらしい難解な詩表現の中に歌詞という概念そのものを弄んだようなトリックを仕込んだ「Gold Soundz」と、何やら今作のマルクマスはやたらと闘志が強い。

 今作がこのような歌詞ばかりになった事に対して、マルクマスは「世間の反応を見てみたかった」などとそれっぽいことを言ってかわして見せた、という話をどこかで読んだことがある。
 しかしアルバムの音作りと合わせてこの歌詞を読むと、普通にロックに対する批判を展開する意図はあっただろうと思わせる(実際後年のインタビューでは今作を指して「ああいう皮肉はもういいと思った」みたいなことを言っているらしい)。それだけ今作の音作りと歌詞の方向性は有機的に繋がっている。

 そもそも、ここまでの作品のレビューで何度も書いてきたように、マルクマスとスコットの音楽的な知識の層の厚さはその作曲のセンス、そしてアレンジに表出するアイデアからはっきりとわかる。
 そのセンスと知識をこのタイミングで非オルタナティヴ・ロック的な方向性も含めてはっきりとブーストして、そこにロックを批判する歌詞を乗せたのは、どう考えても意図的だとしか考えられない。
 つまり今作は「ローファイ」と呼ばれるようなアレンジと録音で以って前作で垣間見せた「人を食ったような挑発的な態度」を、より明確な挑発へと変えた作品ではないだろうか。
 しかもこのバンドは前作の方法論を繰り返すことなく、「良い音」で「良い曲」を作ることによってそれを成し遂げたのだ。
 今作でPavementは意図的であれ無為であれ、「ローファイからの脱却で以ってローファイという概念を持て囃すようなシーンそのものを批判してみせた」ことになる。
 これがもし意図的だったら本当に凄いんだけど、どうなんだろう…そこら辺の意図の有無の見えなさもこのバンドの魅力の一つではあるけれども。

 今作を最高傑作に上げるファンも多い。実際かなりの名盤であることは確実。音的にも聴きやすく、初心者にも勧めやすい作品。
 …でも個人的に最高傑作だと思うのは次作。

 デラックス盤『Crooked Rain, Crooked Rain: LA's Desert Origins』について。…なのですが、長くなったので記事分けました。もう一回リンク張っておこう。
 
一応冒頭の方でも書いた結論を再び書いておくと、今から買うならこちらです。